第34話 混乱の社長室
老舗だが本社すらプレハブだった弱小ダンジョン建設会社『サクラ迷宮建設』。
しかし今や、圧倒的な施工スピードと高品質な実績により、異世界中のどの建設業者も追随できない超優良一流企業へと成長を遂げていた。
そんな社屋の豪華な社長室に、冒険者ギルドの最高責任者であるギルド長(高齢)が、大型ダンジョン新設の依頼を携えて直接訪問していた。
「いや〜、サクラ社長! 噂通りの素晴らしい新社屋じゃな! ……フォッフォッフォ、ところでヴァルキリー人事部長、今日の髪型も実に可憐じゃのう? 今度ふたりで美味しいお茶でもどうじゃ?」
「ギルド長、お気遣いなく。……サクラ社長、このジジイ完全に職権濫用です。さっきから依頼の話1ミリも進んでません」
ヴァルキリーが引きつった笑顔でサクラ社長に耳打ちする。
サクラ社長はバインダーをトントンと叩きながら、深いため息をついた。
「はぁ……何を言ってるのかさっぱりちんぷんかんぷんね。会話が成り立たないわ。……よし、ヴァルキリー! 営業に行かせたマルコスを至急呼び戻しなさい! あいつにこのジジイの相手を丸投げするわよ!」
「了解です。勇者佐藤はそのままギルド本部へ単身営業に行かせて、マルコスだけ戻らせます」
こうして、人事部長ヴァルキリーからの「新規案件(丸投げ)」の通信が入ったのである。
(数分後——社長室)
「はぁ……はぁ……! 社長、ただいま戻りました! 新規案件の仕様打ち合わせと聞き——」
息を切らして駆け戻ってきたマルコス。
だが、その背後から「サクラさぁぁぁぁぁんッ!!」と扉を突き破らんばかりの勢いで勇者・佐藤が飛び込んできた!
「佐藤!? あんたはギルド本部へ単身営業に行かせたはずでしょ! なんで戻ってきてるのよ!」
「そんな営業どころじゃないんですサクラさん! 僕はあなたに真実を伝えに来たんです!!」
佐藤くんは涙目になりながら指をバシッとマルコスに突きつけた!
「サクラさん、騙されないでください! このマルコスこそが、400年間この世界を恐怖に陥れてきた本物の大魔王なんです! あなたを洗脳し、前世の記憶を奪った元凶なんですよーーーッ!!」
「えぇッ!? ちょ、ちょっと待ちなさい佐藤くん! 何を言っているんだね唐突に! 私はただの真面目な平社員(営業担当)だよ!」
冷や汗を滝のように流しながら、必死にはぐらかすマルコス。
「黙れ魔王! 僕の魔王センサーが限界突破して爆発したんだから間違いないッ! サクラさん、目を覚ましてください!! 前世の優しい染井監督に戻るんだぁぁぁッ!!」
必死に熱弁を振るう勇者佐藤
「ピピピピピピピピピピピピピピピピッ!!!!」
勇者・佐藤の頭の中では、神から授かった『魔王センサー』が狂ったように警報音を鳴らし続けていた。脳ミソが割れそうなほどの爆音。目の前には、冷や汗をダラダラ流しながら必死で白を切る大魔王マルコス。
「サクラさん! 聞こえないんですか!? この脳内に直接響き渡る警報音が! こいつは本物の魔王なんです! 警報が……警報が止まらないんだぁぁぁッ!!」
佐藤くんは頭を抱えてのたうち回るが、サクラ社長は冷ややかな目で電卓を叩くだけだった。
「聞こえるわけないでしょ! あんたの脳内BGMなんて。ちょっと佐藤、営業中なんだから一人で変なパントマイムしてないでしゃきっとしなさい!」
「僕の脳内にしか聞こえない仕様が悲しすぎるーーーーーッ!?」
誰も信じてくれない絶望に佐藤くんが膝から崩れ落ちる横で、高齢のギルド長はスケベな笑顔を浮かべ、ヴァルキリーの手をすりすりと擦っていた。
「フォッフォッフォ……いや〜、ヴァルキリーちゃん。思い出せんのじゃよ、依頼内容が。……じゃがな? もしヴァルキリーちゃんが、昔懐かしい『冒険者ギルド(ギャルド)の看板娘装束』に着替えてくれたら、奇跡的に依頼内容を思い出せる気がするんじゃがのう……?」
「死ねクソジジイーーーーーッ!!!!」
ドカァァァァァンッ!!
ヴァルキリーのハイキックがギルド長の顔面に炸裂! 壁まで吹き飛ぶギルド長!
「サクラ社長! こいつ昔からギルド本部で私にセクハラばっかりしてたのよ! 着替えなんて絶対しないわ! むしろ今すぐ首を刎ねてダンジョンの肥やしにしてやる!!」
「まあまあ落ち着きなさいヴァルキリー! 客の首を刎ねたら売上がゼロになるでしょ!」
社長室がバイオレンスとカオスに包まれる中、魔王マルコスは察した。
(……アカン。この空間、関わったら命がいくつあっても足りん……!)
マルコスは気配を極限まで消すと、バインダーで顔を隠しながら、後ずさりしてドアノブへ静かに手を伸ばした。足音を殺し、コソコソと脱出を試みる——その瞬間!
「どこへ行こうとしてるのよ、マルコス?」
背後に立ったサクラ社長の、血の気の引くような冷徹な声がマルコスの首筋に吹き付けられた。
「ひぇっ!? し、社長……! い、いや、ちょっと現場の資材確認に——」
「嘘おっしゃい。あんた営業担当でしょ? ジジイから正確な見積もり条件を引き出しなさい」
サクラ社長はニコリと(目が全く笑っていない顔で)微笑むと、マルコスの胸ぐらをグッと掴んで引き寄せた。
「もしこの場を納められなかったら……あんた、今日限りでクビ(解雇)よ」
「ク、クビぃぃぃぇぇぇぇぇーーーーーッ!?」
400年間君臨してきた伝説の大魔王マルコス、まさかの「現場の社畜クビ宣告」!
「待て! 待ってくれ社長! クビだけは勘弁してくれ! 私がやる! 私がこのスケベジジイから依頼内容を聞き出してみせる!」
(ええい、こうなったら背に腹は代えられんッ! 社畜クビになるくらいならッ!!)
切羽詰まったマルコスは眼の奥の瞳を妖しく赤く光らせると、壁にもたれかかっていたギルド長の目の前でバシッと指を鳴らした!
『古代精神魔術・深層暗術……!!』
スッと禍々しい暗黒の波長がギルド長の脳内へと注ぎ込まれる!
「さあギルド長……私に全てを話すのだ……今回のダンジョン建設の予算、工期、そして必要な階層数を……!!」
「ふ、ふはぁぁぁん……! 国家防衛向けダンジョンで……工期は3ヶ月じゃ……あとは分からん」
「よしっ! 聞き出したぞッ!!」
完璧な精神暗示によって、一瞬で正確な依頼内容を聞き出したマルコス!
「見たか社長! 見事に現場を納めましたよ!」とドヤ顔で振り返るマルコスだったが——社長室は、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。
サクラ社長、ヴァルキリー、そして勇者佐藤の3人が、般若のような恐ろしい顔でマルコスをじっと見つめている。
「あ……あれ? みなさん……?」
「ねえマルコス……今、古代の精神魔法使わなかった?」
サクラが冷ややかな笑みを浮かべて一歩踏み出す。
「というか、それ……魔王級の大悪魔しか使えない最上級の暗黒魔術……?」
ヴァルキリーが腰の剣に手をかけながら静かに詰め寄る。
「ほらぁぁぁぁぁッ!! だから言ったじゃないですかサクラさん!! こいつ、やっぱり本物の魔王なんですよーーーーーッ!!」
勇者佐藤が聖剣をジャキーンと構えて咆哮する!
3人から同時に殺気と圧力を叩きつけられ、マルコスは顔面を蒼白にして後ずさった!
「お前……本当に魔王なのかーーーーーッ!!!」
クビを回避するために使った禁断の魔術のせいで、結局全員に正体がバレて一斉に詰め寄られる、大魔王マルコスの情けない悲鳴が新社屋に響き渡る。
だが、サクラは、ハッと何かを思い出したようにポンと手を打った。
「あ! そういえばマルコス……あんたの一連の処罰、まだ済んでなかったわよね?」
「へ……? 」
マルコスの顔から一瞬で血の気が引いた。
「そうよ! あの時も現場を混乱させて、私たちに余計な工期と手間をかけさせたじゃない! その上、今まで正体を隠して私を騙してたわけでしょう? ……う~ん、これは『処罰上乗せ』で厳しく処分を決めなきゃいけないわね!」
サクラ社長の目が冷たく光る。マルコスは膝をガクガクと震わせた。
「処罰上乗せぇぇぇッ!? し、社長、あれは不可抗力と言いますか——」
「言い訳は要らないわ。……ヴァルキリー、人事部長としての意見(処分案)は?」
サクラが振り向くと、ヴァルキリーは腕を組み、冷徹な人事部長の目でマルコスを睨みつけた。
「そうですね社長。組織の規律とコンプライアンスの観点から言えば……『最下層の激走肉体労働100年コース』が妥当かと。ダンジョンの最深部で、素手で岩塩を掘り続けるシフトを組ませます」
「ヒィィィィィッ!? 100年連続夜勤!? 労基署ぉぉぉぉぉッ!!」
悲鳴を上げるマルコスを無視して、サクラは隣で聖剣を構える勇者佐藤に水を向けた。
「勇者としての見解はどう? 佐藤くん」
指名された佐藤くんは、背筋をピンと伸ばし、正義感あふれる(しかしどこかズレた)熱弁を振るった!
「はいサクラ社長! 僕としては、やはり魔王としての邪悪な心を叩き直すため……『改心するまでサクラ迷宮建設の無給ボランティア営業&24時間耐久・社屋のトイレ清掃係』に任命すべきかと! 労働を通して社会奉仕の尊さを学ばせるのです!」
二人の容赦ない処分案が出揃い、サクラは腕組みをして「ふむふむ」と深く頷いた。
「なるほどねぇ……。100年岩塩掘りもいいし、無給ボランティア営業も捨てがたいわね……」
「ま、待ってください社長! 私は社畜……いや、サクラ迷宮建設の忠実な社員です! どうか……どうか有給休暇の残る優しい処分をぉぉぉぉぉッ!!」
縋り付く魔王マルコスに対し、サクラはニヤリと悪魔のような(本物の魔王より恐ろしい)現場監督の笑みを浮かべるのであった。
「100年岩塩掘り」か「無給ボランティア&24時間トイレ清掃」か——。
地獄のような二択を前に、床に突っ伏してガタガタと震える大魔王マルコス。
「は! いい案があるわ!!」
「えっ……!? し、社長……! 救いの手が……!?」
期待の眼差しで見上げるマルコスに対し、サクラ社長はバシッと指を突きつけた!
「あんた、残りの三大悪魔を全員説得して、魔族全体を我が社の社員として労働力確保(中途採用)する任務を与えてあげるわ!」
「ま、魔族全員を社員化ぁぁぁぁぁッ!?」
「そうよ! 現場はいつだって人手不足なんだから! もし三大悪魔を説得して全員入社させられたら、今回の処罰はチャラにしてあげる。……ただし!」
サクラ社長は冷徹な現場監督の目でマルコスを見下ろし、ドスの効いた声で言い渡した。
「もし説得に失敗したら……ヴァルキリーの『100年岩塩掘り』と、佐藤の『無給ボランティア&24時間トイレ掃除』の両方の処分案をフルコンボで適用するわ!!」
翌日。
「頼む……! 頼むからサクラ迷宮建設に配下の悪魔全員入社させてくれぇぇぇッ!!」
命のかかったマルコスは、三大悪魔の前に転がり込み、土下座で書類を差し出していた。
しかし、重厚な玉座の前に立っていた三大悪魔たちは、冷ややかな目でマルコスを見下ろしていた。
『……おいおい、どうしたのだマルコス? 怪しげな労働契約書など持って……気でも狂ったのか?』
「ち、違う! 狂っていない! 私たちの真の主となるべきお方は、あのサクラ社長なのだ! さあ、一緒にピンクのヘルメットを被ってダンジョン施工の現場へ——」
『今更だが……我らがひれ伏す存在など、ただお一人……!!』
三大悪魔たちが一斉に恭しく膝を折り、最敬礼を捧げた。
その視線の先にいたのは——腕を組み、ピンクのヘルメットを深く被り、圧倒的な現場の覇気を撒き散らしながら仁王立ちするサクラ社長であった!
『あの圧倒的な圧……! 逆らう者を一瞬で現場のセメント袋に変える恐ろしい眼光……! あのお方こそ、我ら魔族が待ち望んだ『絶対魔王』サクラ様だ……!!』
『マルコス、貴様のような情けない営業バッグを持った悪魔が、我らの絶対魔王サクラ様の隣に並ぶなど不敬万死! 』
「私が本物の大魔王なんだってばぁぁぁぁぁッ!! なんで私より社長の方が魔王として信じられてるのーーーッ!?」
『黙れ狂人! サクラ魔王様! どうか我らに命を! どんな凄惨な破壊(施工)でも立ち向かって見せます!!』
「よしッ! いい返事ね! 全員即採用! 明日から現場で朝礼よ!!」
サクラ社長の鶴の一声で、あっさりと魔族全員の社員化(労働力確保)が完了してしまった!
「あ……あの、社長……? 魔族の社員化、成功……ですよね……?」
恐る恐る尋ねるマルコスに、サクラ社長は冷たく言い放った。
「何言ってるの? 説得したのは私でしょ。あんたはただ叫んでただけじゃない。……というわけで、説得失敗! ダブル処分決定〜〜〜ッ!!」
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁッ!? 労基署ぉぉぉぉぉ! 労働基準監督署を呼んでくれぇぇぇぇぇーーーーーッ!!(泣)」
ついにサクラが真の「絶対魔王」として魔族を掌握。サクラ、異世界の覇王として、借金を踏み倒すのか?!
(『いせダン』第34話・了)




