第31話:忘れ去られた前世
「はぁ……はぁ……! 2周目……クリア……!! 談話権、ゲットです……!!」
難易度1.5倍に跳ね上がったトラップを突破し、ボロボロ(騎士団は相変わらず下着姿)になりながら再び社長室へ辿り着いた勇者佐藤。
サクラは「はいご苦労様。難易度調整のデータ取れたわ」と冷えた麦茶を差し出した。
「さあ染井さん! お約束の談話タイムです! 前世の……あの頃の思い出を語り合いましょう!!」
佐藤くんはパイプ椅子に腰掛け、感極まった目で天井を見上げた。
「覚えてますか染井さん……。前世で僕たちが最初に一緒に担当した、あのゲリラ豪雨の日の道路舗装現場……! 増水する川の横で、二人で泥まみれになりながら明日の工程を心配しましたよね……ッ!」
「あー、あの川の横の現場ね。懐かしいわねぇ」
「思い出してくれましたか!? あの時、監督が僕に分けてくれた温かい缶コーヒーの味……僕、一生忘れられません!」
サクラは頷きながら、しみじみとお茶をすすった。
「そうそう。あの現場、地盤が軟弱でさぁ。異世界だったら絶対『水系ドラゴンの粘液』で地盤改良してコストカットできたのにって、最近よく思うのよね」
「……え? 缶コーヒーの思い出は……?」
「それとあの増水ね! アスタロテの欲望魔法で川の流路を曲げちゃえば、排水ポンプのレンタル代浮いたのになぁって」
佐藤くんの目頭の熱さが一瞬で引いていく。
サクラ社長は完全に異世界の施工基準で前世の現場を振り返っていた。
「あ、あの……サクラさん? 事故の日のことは……? あの足場崩落事故の直前、僕に『佐藤、安全帯よし!って確認したか?』って声をかけてくれたじゃないですか……!」
「事故? んー……なんか足場がガラガラ崩れたような気もするけど……」
サクラ社長は首を傾げ、電卓のキーをパチパチと無意識に叩いた。
「正直、前世の細か〜いことってあんまり覚えてないのよね! だってこっちの異世界、魔法で鉄骨は浮くし、ドラゴンは重機代わりに使えるし、現場が楽しすぎて前世のこと考えるヒマがないのよ!」
「記憶の上書きスピードが早すぎるーーーっ!?」
佐藤くんは肩を震わせた。
「あの……僕の知ってる『染井さくら現場監督』は、もっと前世の日本の施工基準とか、安全衛生法とか、缶コーヒーの優しさとかを大切にしてたはずです……!」
「何言ってるの佐藤! 現場は生き物よ! 過去の思い出に浸ってるヒマがあったら、目の前の『サクラ迷宮建設』の利益率を上げるのが先決でしょ!」
サクラはバシッとバインダーで佐藤くんの肩を叩くと、マルコスを手招きした。
「というわけでマルコス! 佐藤くんをよろしくね! 営業担当よ! あんたも勇者を部下にできて幸せでしょ!」
「ええっ!?」と声を揃える二人。
「ひーっ! ひえぇぇぇ! 勇者に殺されるーッ! 社長、私を殺す気ですかぁぁぁ!?」
マルコスはガタガタと震え上がり、デスクの陰に隠れようと必死になる。
「ひーっ! 僕が魔王軍(悪魔)の部下ぁぁぁ!? 僕、世界を救う本物の勇者なんですよーーーッ!?」
佐藤くんも頭を抱えて崩れ落ちた。
「うるさいわね二人とも! 異世界だからって種族の壁にこだわってんじゃないわよ! 現場じゃ営業成績がすべて! ほら、二人で冒険者ギルドに営業行ってきなさーいッ!!」
「ひぃぃぃぃぃぃーーーーーっ!」
悲鳴を上げる上司(悪魔マルコス)と部下(勇者佐藤)の奇妙な営業コンビがここに誕生し、社長室から追い出されていくのであった。
大丈夫なのか?!ーーやはり、やはりということに!
(『いせダン』第31話・了)




