第24話:工期遅延の危機!
「急ぐわよ! 施工順2番手、レヴィアの現場へ全速力で移動!!」
バルバトス領地を不法占拠された挙句、施主である悪魔を失ったサクラ社長一行は、息つく間もなく氷結レヴィア領へと急行していた。
黒焦げの現場ヘルメットを被り直したサクラは、工程表を握りしめながら怒りを露わにする。
「あの自称・正義のポンコツ勇者……! 施工順2番手の現場に先回りして作業妨害するなんて、絶対に許さないわよ! これ以上工期を遅れさせられてたまるかーッ!」
「は、はい社長! レヴィア殿の氷結魔城は、我ら悪魔界でも屈指の絶対不可侵の要塞! いくら本物の勇者といえど、そう簡単に破れるはずが——」
マルコスが励ますように叫んだ、まさにその時であった。
パリイィィィィィン……!!!
氷結レヴィア領の全域を覆っていた美しい永久氷壁が、まるでガラス細工のように凄まじい音を立てて粉々に砕け散った!
「なっ……!? 我が誇り高き氷結魔城の絶対防御陣が……!?」
レヴィアが蒼白になって叫ぶ。
広大な領地に足を踏み入れたサクラ社長たちが目にしたのは——またしても凄惨な崩壊の光景であった。
美しく整えられていた氷の柱や魔導インフラは跡形もなく破壊され、玉座の間へと続く大階段の上には、すでに氷の魔物を全滅させ、聖剣の光を払う『本物の勇者』が佇んでいたのである。
「フッ……遅かったな、大魔王。氷の悪魔の魔城は、すでに我ら騎士団の手によって完全攻略・鎮圧した」
「な……なんですって……!?」
レヴィアが血の気を引かせて膝をつく。
我が家とも言える魔城が一瞬で陥落し、さらには「次の標的」として勇者の冷徹な視線が自分に向けられたからだ。
だが——
その場で誰よりも激しい怒りの覇気を放ち始めたのは、レヴィアでもアスタロテでもなく、ピンクのヘルメットを被ったサクラ社長であった!
(な……なにこの怒気は……!?)
勇者すらも一瞬肌を刺すような恐怖に息をのんだ。
サクラは真っ赤な顔でブルブルと震え、手にしたメガホンをギリギリと締め上げる。
(……ちょっと待ちなさいよ。なんなのアイツ……? 現場に勝手に入り込んで、丹精込めて作られた建築物を破壊して、工期と契約をメチャクチャにして……!! 悪魔がどうとか正義がどうとか知ったことじゃないわよ!! ただの超悪質な悪徳解体業者(不法侵入者)じゃないのーーーーーっ!!)
サクラの中で、勇者に対する理不尽かつ圧倒的な「腹立たしさ」が限界突破した!
「あんたねぇぇぇーーーーーッ!!」
サクラはメガホンを勇者に突きつけ、地獄の底から響くような怒号をぶちまけた!
「人の施工現場を二箇所続けて荒らしまくって、どんだけ工期と契約に穴を開ければ気が済むのよーーーーーっ!! 工事遅延の損害賠償と、現場の原状回復費用、今すぐ全額キャッシュで払いなさいよーーーーーッ!!」
「……は?」
さすがの本物の勇者も、大魔王(誤認)から飛んできた予想外すぎる「損害賠償の請求」に、思わず口をぽかんと開けてフリーズした。
「損害……賠償……? 戯れ言を。悪魔の城を滅ぼすのは正義の義務——」
「正義だかなんだ知らないけど、現場の安全と工期の方が100億倍大事なのよーーーーーっ!! 本日の現場作業は強制ストップ!! 撤去作業に入るわよ、全員ヘルメット被りなさーいッ!!」
「は、はいぃぃぃぃーーーーーっ!!」
サクラの圧倒的な現場ブチギレ覇気に圧され、悪魔たちとマルコスが一斉にヘルメットを被ってテキパキと瓦礫撤去へと走り出す。その指揮と手際の良さは、まさに熟練の現場そのものであった。
「テキパキ動きなさい! 危険物は右! 再利用可能な素材は左! 整理整頓!!」
「ご、ご安全にーーーーーっ!!」
怒号を飛ばしながら完璧な現場采配を振るうサクラ社長の姿を、本物の勇者は聖剣を握ったまま、ただただ呆然と見つめていた。
(……な、なんだこの感覚は……?)
勇者の胸の奥で、かすかな、けれど決して無視できない激しい既視感が渦巻き始める。
目の前でメガホンを振り回し、怒鳴り散らしながら完璧に現場を指揮するサクラ社長の姿。
その声、その仕草、その圧倒的な現場采配の圧——。
(……バカな。なぜだ……? なぜ私は、この大魔王の采配と怒号に……どこか、胸が締め付けられるような『懐かしさ』を感じている……!?)
勇者は自分の額を押さえ、震える手で聖剣の柄を握り直した。
(まさかな……? そんなわけ、あるはずが……)
脳裏をよぎる、遥か昔の記憶の断片。
メガホンを振るい、テキパキと悪魔たちを指揮して完璧な現場作業を進めるサクラの姿を、本物の勇者は聖剣を握りしめたまま、呆然と見つめていた。
(この声……この手際の良さ……そして、一切の妥協を許さない圧倒的な現場主義の覇気……!!)
勇者の胸の奥で、前世の記憶が濁流となって押し寄せていたーー勇者もまた異世界転生していたのだった!!
かつて日本の建設現場で、新入社員だった自分を時に厳しく、時に優しく育ててくれた憧れの上司——染井さくら現場監督。
あの大事故の日、一緒に巻き込まれて命を落としたはずの、自分が誰よりも尊敬し、密かに心を寄せていたあの人の面影が、目の前の可憐な少女(サクラ社長)に完璧に重なっていた。
(……いや、バカな!! そんなわけがあるはずがない……!!)
勇者は激しい頭痛に耐えながら、必死に頭を振って否定した。
(染井さんは、誰よりも現場の安全を愛し、職人たちを守るために汗を流していた素晴らしい人だったんだ! そんな憧れの監督が……人間を脅かす悪魔どもを従え、冷酷に世界を支配しようとする『大魔王』であるはずがない!!)
葛藤すればするほど、勇者の心は激しく乱れていく。
(……待てよ? なぜ私はこんなにも心が揺さぶられている? ……攻撃されている?!……これこそが大魔王の『精神攻撃』なんだ! 前世の私の最も大切な記憶とトラウマを読み取り、幻影と怒号で見せて私を錯乱させようという、恐ろしい攻撃なのか……っ!!)
勇者はハッと目を見開き、歯を食いしばって聖剣を握り直した。
(騙されるものか……! 憧れの染井さんの面影を汚すような真似をしおって……許さんぞ大魔王!!)
精神攻撃だと自分に言い聞かせ、必死に気を持ち直す勇者。
そんな勇者の葛藤など知る由もないサクラは、手にした電撃電卓をパチパチと叩きながら、地獄のような威圧感で勇者に迫っていった。
「ちょっと勇者! さっきから何ボーッと立ち尽くしてんのよ!? 現場の邪魔!! 壊された氷の魔城の原状回復費用と、工程遅延による損害賠償額が出たわよ! 1000万ゴールド、今すぐ全額キャッシュで払いなさいよ!!」
「くっ……!? 『損害賠償』だと……!? どこまでも私の心を揺さぶる言葉を選んで攻撃してくるか……っ!!」
理不尽すぎる請求を高度な精神攻撃だと受け止めた勇者は、ギリッと悔しそうに顔を歪め、聖剣を鞘へと納めた。
「……大魔王よ。その恐ろしい精神攻撃……今日のところは退いてやる……! だが、私の正義の心は絶対に折れん!!」
勇者は気を持ち直し、施工順3番手「アスタロテ領」へと踵を返して走り出す!
その背中に向かって、メガホンを耳がちぎれるほどの音量で構えたサクラ社長の地獄の咆哮が叩きつけられた!
「金払えーーーーー!」
(『いせダン』第24話・了)




