第19話 ダンジョンの罠!
「ハァ……ハァ……暑い……! 温泉がカチコチに固まってるせいで、熱が逃げない!」
「ダメ……サクラ……もう意識が……圧力がどんどん上がって、気力も……ないわ……」
「ガハハ……! 温泉に入ってのぼせて倒れるなら本望だ……が……」
カチコチに固まった『琥珀の湯』。
身動きが取れないまま熱湯の温度を吸収し続けたサクラ、エルザ、ゴルドン、そしてマルコスの4人は、全員顔を真っ赤にして茹でダコのように目を回していた。
まさに「のぼせるのが先か、脱出するのが先か」の命がけの限界レース!
「だ、誰か……誰でもいいから……龍王さんの神名を教えて……!!」
サクラが今にも意識を失いかけた、その瞬間であった。
『……サクラ社長。聞こえますか。人事部長のヴァルキリーです』
サクラの耳元(通信魔法具)から、涼やかなヴァルキリーの声が響き渡った!
「ヴァ……ヴァルキリー!? 助けて! 私たち、温泉が固まってのぼせ死にそうなのよ!!」
『状況は把握しています。天界の王から直接、龍王の正式な神名を聞き出しました』
「ほんと!? 神名は!? 龍王さんの神名はなんなのーーーッ!?」
『お聞きください。龍王の真なる神名は——【グラン・ヴォルカノ・レヴィアタン・ドゥ・ラ・メール・オケアノス・ディープサウス・ザ・サード】です』
「長ーーーーーいっ!! 覚えられないわよそんな長ったらしい名前ーーーーーっ!!」
『安心してください。復唱できるよう、ゆっくり一度だけ言い直します』
「一回かいっ!! 集中しろ私! のぼせた脳みそをフル回転させろーーーっ!!」
ヴァルキリーの的確(?)なアシストと、相変わらず無駄に長すぎる龍王の神名!
サクラは無事に一発で復唱し、固まった温泉から脱出して冷水風呂へと飛び込むことができるのか!?
「ぐぬぬぬ……【グラン・ヴォルカノ・レヴィアタン・ドゥ・ラ・メール・オケアノス・ディープサウザンド13世】ーーーーーッ!!」
サクラはのぼせて意識が飛びかける脳みそを限界までフル回転させ、ヴァルキリーから聞いた龍王の長ったらしい神名を絶叫した!
何も起こらない。
『社長ー。惜しいです。もう一度だけですよ。龍王の神名は——【グラン・ヴォルカノ・レヴィアタン・ドゥ・ラ・メール・オケアノス・ディープサウス・ザ・サード】です』
サクラは、ツッコむ気力もなく、その名を叫んだ!
「龍王の神名は——【グラン・ヴォルカノ・レヴィアタン・ドゥ・ラ・メール・オケアノス・ディープサウス・ザ・サード】!!!」
すると——
ポコン!
『正解! クエスチョンクリア!』
ピキキキキッ! と音を立てて、コンクリートのように固まっていた温泉が瞬時に元通りのサラサラなお湯へと戻った!
「出たーーーーーっ!! 助かったぁぁぁーーーっ!!」
「プハッ! 息ができる! 助かったわサクラ」
「ガハハ! 生き返ったぞ!!」
「いやぁ、冷や汗をかきましたねぇ」
自由を取り戻した4人は、茹でダコのように真っ赤な顔で湯船から飛び出した!
しかし、体温はすでに限界突破。サクラの視界には、すぐ隣で涼しげな青い湯気を立てている『極寒・深海冷水風呂(水温5度)』が映り込んでいた。
「ハァハァ……暑い……もう無理……冷水風呂! 冷水風呂へダイブーーー……」
サクラが勢いよく飛び込もうと、足の指が水面に触れかけたその瞬間——
ピキーン!!!
サクラの脳裏に、現場監督としての危険予知(KY)センサーが激しく警報を鳴らした!
「……ハッ!? 待ちなさいッ!!」
サクラは空中でありえない体勢のバックジャンプを見せ、冷水風呂のふちへギリギリ着地して踏みとどまった!
「ちょっとサクラ!? なによ急に止まって! 早く身体を冷やさないと、のぼせて倒れちゃうわよ!?」
エルザが頭から湯気を立ち上らせながら叫ぶ。
サクラは滝のような汗をぬぐい、冷水風呂を指さして恐ろしい事実を突きつけた!
「正気になりなさいエルザ! もし……もしここでこの冷水風呂に飛び込んで、『【温泉クエスチョン・第2問】』が出題されたらどうなると思う……!?」
「え……?」
「冷水風呂で正解するまで固まったら……今度はのぼせるんじゃなくて、凍死(永久凍結)するのよーーーーーっ!!」
「ひぃぃぃぃぃーーーッ!?」
サクラの指摘に、エルザ、親方、そしてマルコスまでもが青ざめた!
「あ、危なかった……! 温泉の次は氷漬けの刑になるところだったわ……!
——それから、小一時間。
「よし……! 魔法回路の遮断チェック完了。硬化時間と解除のトリガー、クエスチョンの連続発動防止リミッター……すべて正常に作動したわ。冷水風呂のトラップ機能も一時停止させたから、これで絶対に固まることはないわよ!」
エルザが魔導アナライザーを片手に、プロのデザイナー兼技師として完璧なチェックを完了させた。
「よしっ……!! それじゃあ……!」
サクラは息を呑み、今度こそ、心からの安心感とともに『琥珀の湯』へとしずしずと身体を沈めた。
「〜〜〜〜〜〜〜っ……ふぅぁぁぁぁぁ…………♪」
身体の芯まで極上の温もりがじんわりと染み渡っていく。
不快な硬化も、突如浮かび上がるクエスチョンもない。純粋で極上の温泉体験。
「あぁ〜〜〜……生き返るわぁ……改めて、安全確認って本当に大事ね……!」
サクラが至福の表情でうっとりと呟くと、隣のエルザが「当たり前ですわ」と呆れ顔で手ぬぐいを頭に乗せた。
「現場監督が真っ先に安全確認を無視して飛び込むなんて、前代未聞なんだからね?」
「おう、ワシの自慢の筋肉も、魔法で固まった風呂の中じゃさっぱり役に立たんかったしな! ガハハ!」
「私の知能をもってしても、あの不慮の事故は防げませんでしたからねぇ」
「あんたが一番タチが悪いわ、マルコス!」
エルザのツッコミが飛ぶ。
すると、湯船の脇に置かれた魔法鏡(通信具)から、天界で公務員天使たちをシバき倒してきたばかりのヴァルキリーの声が淡々と響いた。
『……サクラ社長。現場の混乱と業務遅延の原因を作った営業のマルコスに対し、【給料3ヶ月分の減給処分】を提案いたしますが、いかがでしょうか』
「ヴァルキリー、それいいわね! 採用!」
即答するサクラに、ヴァルキリーは間髪入れずに言葉を重ねた。
『重ねて、当分の間、マルコスの行きつけである居酒屋『冒険者ギャルド』への立ち入りおよび飲酒を禁止とするペナルティを追加申請します』
「えっ……!? ちょ、ちょっとお待ちくださいヴァルキリーさん!?」
さっきまで達観していたマルコスの顔が、一瞬で真っ青になった!
「減給は……まあ減給は甘んじて受け入れましょう! ですが、ギャルドへの出禁だけはご勘弁を! あそこは私の唯一の憩いの場であり、人生のオアシスなんです!! 減給は構いませんが、ギャルドの方は再検討していただけないでしょうか社長ぉぉぉーっ!?」
「ガハハハ! そりゃマルコス、何の冗談だ! 酒を奪われた貴様なんぞ、ただの口の減らない置物じゃないか!」
「親方まで酷い!! 私のギャルド愛を嘲笑わないでください!」
「ギャルドでツケを溜め込むからそうなるのよ! 自業自得! はい却下!」
「そんなぁ〜〜〜〜っ!?」
お風呂の中で必死に命乞いをするマルコスを見て、サクラは苦笑いしながら湯船の脇の魔法鏡に呼びかけた。
「まあまあ、マルコスの処分は後でじっくり決めるとして……ヴァルキリー! そっちはジョージーに任せて、あなたもこちらへ来なさい!」
『……私が、ですか?』
「そうよ! 一番苦労したのはあなたなんだから。極上の温泉で疲れを癒やしなさい!」
『……承知いたしました』
魔法鏡の向こうで、静かに頷くヴァルキリーの声。
直後、天界の庁舎で一人パニックになっていたジョージーへ向けて、ヴァルキリーの冷徹な声が響き渡った。
『ジョージー支店長。社長命令です』
「えっ……? 社長命令……!?」
『——【貴様はここへ残れ】』
「えぇぇぇぇぇーーーーーーッ!?!?」
直後、眩い光とともに転移魔法陣が発動!
あっという間に海底1000メートルの『琥珀の湯』へ転移してきたヴァルキリーは、無表情のまましずしずと湯船へと足を浸した。
「〜〜〜〜……素晴らしい泉質です。天界の疲労が速やかに軽減されていきます」
「でしょー! エルザが完璧に仕上げてくれたんだから!」
「ちょっとサクラ、私をダシに使わないでよ……」
「ガハハ! これで全員揃っての極楽温泉だな!」
「全員じゃありません……私は居酒屋を奪われて絶望のフチにいます……」
サクラ、エルザ、ゴルドン、マルコス、そしてヴァルキリー。
仲間たちとゆったりお湯に浸かるサクラの頭上に、はるか雲の上の天界から、置き去りにされたジョージーの魂の叫びが虚しく響き渡るのだった。
「サクラ社長ぉぉぉーーーーーっ!! 僕も温泉に入りたいですーーーッ!!!!」
(『いせダン』第19話・了)




