第18話 安全確認は風呂の前に!
「フワフワの雲が資材なら、加工も簡単だし重機もいらないわね! ジョージー、ヴァルキリー! あとは二人で上手くやっておいて!」
「えぇぇぇーッ!? サクラ社長、もう行っちゃうんですかーッ!?」
「ジョージー支店長、黙りなさい。業務指示です。……サクラ社長、天界お役所ダンジョンの運営及び天使たちの更生プログラムは、私とスライム群で完璧に遂行しておきます。ご安全に」
天界の爆速神対応を開始した天使たちと、悲鳴を上げるジョージーをヴァルキリーに丸投げし、サクラ社長は速攻で転移魔法陣へと飛び込んだ。
理由はただひとつ。
(あ〜〜〜っ! 急いで海底ダンジョンに戻らなきゃ! 100の温泉ダンジョンが完成間近ってことは……今度こそ、誰にも邪魔されずに極上の温泉を満喫できるチャンスじゃないのよーーーっ!!)
心の中で温泉への欲望を大爆発させながら、サクラは深海1000メートルの海底迷宮現場へと突撃した!
「親方ー! エルザー! 現場の進捗はどう……って、すごーーーい!!」
海底の洞窟内には、エルザの洗練されたデザインと親方の圧倒的な職人技によって、湯気が立ち上る100の幻想的な野天風呂・洞窟風呂が段々畑のように広がっていた。まさに圧巻のスパリゾートダンジョンである!
作業着を脱ぎ散らかしながら猛ダッシュするサクラに、図面を持ったエルザが慌てて叫んだ。
「ちょっとサクラ!? 待ちなさいってば! まだ試運転中で、魔導ギミックの安全確認が終わってないのよーーーっ!?」
「安全確認なら社長のこの私がじっくり肌で確かめてあげるわーーーっ!! どぼーーーん!!!」
話も聞かずに一番豪華な『琥珀の湯』へとダイブするサクラ。
お湯に肩まで浸かった瞬間、サクラの顔が蕩けるような至福に包まれた。
「ふ〜〜〜っ……! やっぱり温泉は最高ね〜♪ 身体の芯から疲労が溶け出していくわぁ……」
しかし、至福の時間はわずか数秒で打ち砕かれた。
ポコン! という可愛い音とともに、温泉の湯気が空中へと集まり、鮮やかな文字となって浮き上がったのだ。
『【温泉クエスチョン・第1問】当ダンジョンの施主であらせられる、龍王様のフルネーム(神名)を答えよ。正解するまでこの湯からは出られません』
「えっ……? 龍王さんの……神名……?」
サクラが慌てて立ち上がろうとしたその時である。
バキバキバキッ! と音がして、お湯全体がまるでゼリーかコンクリートのようにカチコチに固まり、サクラの身体を首から下でガッチリと固定してしまった!
「な、な、なんでこの温泉固まってるのーーーっ!?」
「だから安全確認が先だって言ったじゃないバカサクラーーーーッ!!」
声のする方を見ると、サクラのすぐ隣で、同じように首だけ出してカチコチに固まっているエルザの姿があった!
「って、あんたも浸かってるじゃないのエルザ!!」
「ち、違うわよ! 試運転で温度を測ろうとしたら足をとられて滑って落ちたのよ! 誰が好き好んであんたと混浴なんて……。固まって身動きが取れないじゃないのよ!」
真っ赤になって叫ぶエルザ。サクラは汗を流しながら周囲を見回した。
「や、やばいわね……親方は!? 親方はどこに行ったの!? ゴルドン親方〜〜〜っ!!」
すると、少し離れた岩陰の豪華な露天風呂(岩風呂)の向こうから、のんきなダミ声が響いてきた。
『おう社長……すまん、わしも試運転の看板立てようとして足を滑らせてな。この通り風呂に捕まったわい! ガハハハ!』
「笑い事じゃないでしょーーーっ!! 親方まで固まってるの!?」
『うむ! 龍王の神名なんぞ長すぎて覚えてらんのじゃ! 〇〇・〇〇〇・〇〇〇みたいな名前だった気はするがな! がはは!』
『ちょっとゴルドン、笑ってないでなんとかしなさいよ!』とエルザが絶叫する。
「もーっ! どうするのよこれーーーっ! 誰か正解を知ってるやつはいないの!?」
サクラが叫んだその時である。
カチコチに固まった温泉のふちを、トコトコと優雅な足取りで歩いてくる一人の男がいた。
手には契約書や書類が入った「龍王宮殿の極秘プロフィール集」を持った、マルコスである。
「やれやれ……仕方ありませんねぇ。これで私の存在の偉大さが、身にしみてお分かりになりましたでしょうか?」
「マルコスーーーッ!!」
「私をここに置き去りにしたペナルティは重いですが……まあ良いでしょう。えー、どれどれ、龍王様の神名は……」
マルコスはフッと気取った笑みを浮かべ、優雅に歩きながらファイルをめくり始めた。
——その瞬間であった。
湯返しと水蒸気でぬめり散らかしていたツルツルの床に、マルコスの革靴が思い切り持っていかれた!
「おっと!?」
チャポーーーーンッ!!!
ダイナミックなスライディングとともに、マルコスは吸い込まれるようにサクラたちの湯船へと豪快に落下!
そして次の瞬間——
バキバキバキッ!
「あっ!」
お湯が固まり、マルコスも首から下をガッチリ固定されて身動きが取れなくなった。
手元には……せっかくの「プロフィール集」が開かれたまま握られている。しかし、首しか動かないため、自分の手元(胸元)にあるファイルの文字が見えない。
「…………」
「…………」
全員が静まり返る湯船。
するとマルコスは、首だけを固定された状態で、さも爽やかな秋空を見上げるかのようにフッと遠い目をした。
「……まぁ、人生にはこういうこともありますよ」
「達観してんじゃないわよこのクズーーーーーッ!!」
「そうよ!! 自分の手元にあるファイルが見えないなんて、一番タチが悪いじゃないのよーーーっ!!」
「ガハハハ! おいマルコス、わざとやっただろ!」
「だからゴルドンは笑ってないでなんとかしなさいって言ってるでしょーーーっ!! 飾りじゃないでしょ、あなたの筋肉は!!」
「おいおいエルザ、いくらわしの筋肉でもカチコチに固まった魔法の温泉は力ずくじゃ割れんぞ! ガハハ!」
「笑い事じゃないわよーーーっ!!」
カチコチの温泉で首だけを出した4人の怒号と爆笑の不協和音が、完成間近の海底スパリゾートに空しく響き渡る。
「マルコスーーーっ! のバカやろーーーーーっ!!」
サクラ社長の魂の絶叫が、深海1000メートルの海底を揺らす。
のぼせて意識が朦朧とするサクラたちの前に現れる救世主はいるのか……!?
本日もご安全に!
(『いせダン』第18話・了)




