第15話 魅惑の海岸野天風呂
サービス回です!
「マルコスーーーッ! ギャルドで豪遊してた分のツケは、海底での現場作業(無給)で払ってもらうからねーーーっ!!」
「いやぁ社長、冒険者ギャルドの女の子たちから『龍王の好みのデザイン』についての貴重なマーケティング情報を収集していたのですよ? 決して鼻の下を伸ばして楽しんでいたわけでは……痛い痛い! 首根っこ引っ張らないでください!」
ギャルドから引きずり出された秘書兼営業のマルコスを連行し、サクラ社長は海底迷宮の入口がある「竜神海岸」へとたどり着いた。
波が打ち寄せる断崖絶壁。この真下が、目的の深海1000メートルへと続く海溝である。
現場用の簡易通信機から、親方のダミ声が響く。
『おう社長! 無事に着いたか!? 至急こっちに降りてきてくれ! スキル『施工管理』を発動してもらわねえと、水圧で現場確認さえできねぇ!』
『サクラ、早くしなさいよ! 熱気と湿気で私の髪がもう限界なの!!』
「わかったわ! 今すぐ潜水作業着に着替えて……」
急いで準備を進めようとしたサクラの足が、ピタリと止まった。
海岸の岩陰から、モクモクと立ち上る白い湯煙。
打ち寄せる波のすぐ脇、岩場に自然と形成された天然の海岸野天風呂(秘湯)が、そこにポツンと存在していたのだ。
仄かに漂う硫黄の香り。絶妙な湯加減を示しているかのように、湯気が夕日に照らされてキラキラと輝いている。
「な……なんですって……? 温泉……!? 陸と海が交わる奇跡の絶景野天風呂……!?」
サクラの目が釘付けになった。
サクラは、「明日は温泉に行こう」と思い立つたびに、プレハブ全壊やら大型案件の受注やらで、一度たりとも休めていないのだ。
(目の前に……温泉がある。誰もいない無人の海岸……。入るの? 今ここで入っちゃうの私!?)
サクラの脳内で、理性と欲望が大激突を起こす!
【理性】「だめよサクラ! 下では親方とエルザが深海1000メートルの水圧と熱湯に耐えながら待ってるのよ!? 一刻を争うのよ!」
【欲望】「でもちょっと待って? 海底に潜ったら高水圧と冷水で体が冷え切るわよね? 事前に体を芯まで温めておくのも『現場の安全管理』の一環じゃないかしら……!?」
ゴクリと生唾を飲み込むサクラ。
横でそれを見ていたマルコスが、悪魔の笑みを浮かべてポツリと囁いた。
「社長。施工管理者の体調管理は第一優先です。……5分だけなら、誰も気づきませんよ」
「マルコス……! 貴方、たまには良いこと言うじゃない……!!」
サクラの決断は早かった。
ピンクのヘルメットと作業着を脱ぎ捨て、タオル一枚を手に取ると、吸い寄せられるように野天風呂へとダッシュした!
「ひょっとして……私、ついに夢の温泉に入れちゃうのーーーっ!?」
ドボン! とお湯に浸かった瞬間、全身の筋肉が融解していくような至福がサクラを包み込んだ。
「ふはぁぁぁぁぁ〜〜〜っ……最高……極楽……! 現場のストレスが全部溶けていくわぁ……」
しかし。
『……ん? おーい社長! 応答がないぞ!? 魔法鏡の映像を現場から直接繋ぐぞ!』
通信機から親方の声が聞こえた瞬間、サクラの目の前の空間に巨大なリアルタイム魔法鏡がドカンと実体化した!
画面の向こうには、深海作業着を着た親方、エルザ、そして天界から通信を繋いでいるジョージーとヴァルキリーの全員の顔がズラリ!
『社長ぁぁぁーッ! 大丈夫ですか!? ……って、ええぇぇぇーっ!? 社長がお風呂に入ってるぅぅぅーーーッ!?』
『ちょっとサクラァァァ!! こっちが深海で地獄を見てる時に、何一人で温泉満喫してんのよーーーっ!!』
『ガハハハ! おいおい社長、湯加減はどうだ!?』
『ふむ、人事部長として社長の混浴福利厚生を記録しておきます』
「ギャー!!!! 見ないでぇぇぇぇーーーーっ!!(湯返しバシャーン!)」
サクラの絶叫と湯返しによって、実体化した魔法鏡が水しぶきとともにバシッと砕け散る。
胸元までお湯に浸かり、顔を真っ赤にして息を荒らげるサクラ。
「ハァ……ハァ……! もう嫌! なんで私が現場の目前でこんな羞恥プレイを受けなきゃいけないのよ……!」
……と、その時である。
モクモクと立ち上る湯煙の向こう側から、パシャ……と静かなお湯の跳ねる音が聞こえてきた。
「ふぅ……やはり現場の前のひと風呂は、至高の贅沢ですねぇ……」
「……え?」
サクラがそっと視線を向けると、湯船の奥、岩で少し遮られた絶好の特等席に——
手ぬぐいを頭に乗せ、竹の桶を浮かべて優雅にお湯を堪能しているマルコスの姿があった!!
しかもどこから調達したのか、桶の上には冷えた竹筒のお酒とチョコッとつまみまで載っている。
「……マルコス?」
「ん? ああ、サクラ社長。素晴らしいお湯ですね。潮風と硫黄の香りが絶妙にマッチして、ギャルドでの徹夜営業の疲れが吹き飛ぶようです」
極上の爽やかスマイルで、トコトコとお酒を盃に注ぐマルコス。
「……ちょっと待ちなさい。あんた、いつの間に入ってきたのよ!?」
「何を仰っているのですか社長? 『5分だけなら誰も気づきませんよ』と提案した張本人(私)が、入らないわけがないでしょう。ちなみに、先ほどの全方向中継魔法鏡ですが……私の角度からはバッチリ見切れておりましたのでご安心ください」
「安心できるかーーーーーっ!! 秘書のくせに一番くつろいでんじゃないわよーーーっ!!」
「おっと社長、暴れるとお湯が波立ってタオルが肌から離れ……」
「知るかーーーーーっ!!! 巻き込んで沈めてやるわーーーーっ!!!」
ドッバーーーン!!!
結局、サクラ社長の「夢の温泉タイム」は、わずか3分間の怒号と乱闘で幕を閉じることになったのである。
急げ、サクラ、海底へ!
(『いせダン』第14話・了)
ご堪能いただけたら、★よろしくお願いします。




