第10話:ライバル企業登場!
「サクラ社長! 大変です! 今月の新規施工案件が……ゼロです!!」
週明けの朝礼。秘書兼営業のマルコスが提出した受注グラフは、見事なまでに垂直落下を描いていた。
「ゼロ!? ちょっとマルコス、あんたの営業スマイルと悪魔のトーク力はどうしたのよ!?」
「私の落ち度ではありません! 暗黒ダンジョンホールディングスが、我が社の提示額の『半額以下』という異常な破壊価格で、街中の案件を片っ端からかっさらっているのです!」
マルコスが魔法鏡(監視モニター)を操作すると、ニュース番組のインタビュー映像が映し出された。
画面に映っているのは、高級スーツに身を包んだ男——暗黒ダンジョンホールディングスのCEO、バザロだった。
『我が社は最新の自動爆薬と突撃掘削機により、地盤調査も補強工事もすべてスキップします。だから安くて早い。サクラ迷宮建設のような甘いホワイト会社は、職人の安全だの労働環境だのと綺麗事を言っているから倒産寸前になるのですよ。ダンジョンなど施主から金を巻き上げるための「箱」に過ぎん!』
「地盤調査もスキップですって!? ダンジョンは人が入る場所なのよ! いつ崩落してもおかしくない欠陥住宅じゃない!!」
画面に向かって怒り狂うサクラに、マルコスが苦々しい顔で付け加えた。
「奴らの提示額は半額以下、納期は三分の一です。このままでは我が社は来月には資金ショートですよ……」
サクラが悔しさに拳を握りしめた、まさにその時だった。
バタンッ! とプレハブ事務所のドアが勢いよく開いた。
「サクラ社長! 天界より舞い降りました、ジョージーと申します!!」
現れたのは、背中に小さな白い羽を揺らす、超絶爽やかなイケメン天使だった。
先日の労基署の監査に同行していた天使の一人である。
「じ、ジョージーさん!? あなた労基署の……!?」
「はい! 先日の監査の際、現場の汗と泥にまみれながら凛と立つサクラ社長の美しさと尊い現場魂に……一目惚れいたしました!! 天界の公務員を辞職し、履歴書をお持ちしました! 採用してください!!」
「天界捨ててきたーーーっ!?」
社員全員がズッコケる中、人事部長のヴァルキリーがツカツカと前に進み出た。
「不採用です。採用は、きちんとした実績を出してからですよ」
(お前がそれを言うのかーーーっ!? 冒険者ギャルドで酒飲んでたところをスカウトされて実績ゼロで即人事部長になったお前がそれを言うのかーーーっ!?)
サクラが心の中で激しいツッコミを叫んでいるのも露知らず、ジョージーは爽やかに微笑み、ホワイトボードに鮮やかに子会社の事業計画書を書き殴った。
「フッ、実績ですね? 経営企画能力には自信があります。暗黒ダンジョンホールディングスの低価格攻勢など、我が社の『新兵器』を使えば一捻りです!」
「新兵器……? あの、マネキンの首から下が粉々に消し飛ぶピンクヘルメットと不恰好な作業着のこと!?」
「ええ! あのヘルメットと作業着は、人間が着る分には最強の防護服です! 地盤調査をスキップして崩落の危険を抱える暗黒ダンジョンホールディングスは、現場の作業員を死なせないための防具を喉から手が出るほど欲しているはず。我が社の子会社『ワーキャマン』を設立し、僕が素知らぬ顔で奴らに売り込んできます!」
「子会社『ワーキャマン』ーーッ!?」
数日後。
変装したジョージーは、暗黒ダンジョンホールディングスの現場へ乗り込み、バザロCEOに言葉巧みに持ちかけた。
『バザロ代表。貴社の現場は崩落の危険が高く、作業員が逃げ出していますね? 我が「ワーキャマン」の超耐性ヘルメットと魔法作業着を導入すれば、どんな崩落事故が起きても作業員は無傷! 手抜き工事がバレずに現場を回せますよ?』
『なに……!? どんな事故でも無傷だと!? 素晴らしい! 1000セット買ってやる! 金ならいくらでもある!』
——結果。
ジョージーは事務所の机の上に、山のように積み上げられた金貨の袋をバサバサと叩きつけた。
「サクラ社長! 暗黒ダンジョンホールディングスへ『ワーキャマン装備』の売却が成功しました! ガッポリ儲かりましたよ!」
「儲かりすぎでしょーーーっ!」
サクラと社員たちが目を丸くする中、ヴァルキリーが満足そうに深く頷いた。
「素晴らしい実績です。ジョージーさん、本日をもって正式採用とします」
(だからお前が言うのかーーーっ!! どの立場から仕切ってんだヴァルキリーーーっ!!)
心の中で叫ぶサクラだったが、手元の金貨と事業計画書を見つめると、ポンと手を叩いた。
「う〜ん、見事な手腕ねジョージー君! よし、あなたの配属先が決まったわ!」
「本当ですかサクラ社長!? これで毎日、社長のすぐお隣で——」
目を輝かせるジョージーに、サクラは最高のスマイルで言い放った。
「ジョージー君は本日付で、子会社『ワーキャマン第1号店・支店長』に就任してもらうわ! 買い付けが殺到してくるから、明日から隣町の店舗へ単身赴任でガンガン売りまくって頂戴ね!」
「嫌だぁぁぁーっ! 僕はサクラ社長のデスクの隣で秘書補佐として働くために天界の安定した公務員職を捨ててきたんですよーッ! ワーキャマンの支店長なんて聞いてないーッ!」
泣き叫びながら抵抗するジョージーの襟首を、ゴルドン親方が巨大な丸太のような丸い腕でガシッと引っ掴んだ。
「ガハハハ! な〜に寝ぼけたこと言ってやがるジョージー! 自分の立ち上げた子会社のトップになるんだ、男ならどーんと胸を張っていけい!」
「放してくださいゴルドン親方! 物理的な筋力が違いすぎます! 翼が……僕の天使の羽が抜けちゃいますからーっ!」
ジタバタと脚をバタつかせるイケメン天使ジョージー。しかし、百戦錬磨のドワーフ職人である親方の万力のような腕力の前には、天界の聖なる加護すら何の役にも立たない。
ズルズルとプレハブ事務所の床を滑りながら、ドアの外へと引きずられていく。
「社長! サクラ社長ぉぉーッ! ひと目……ひと目だけでいいので『いってらっしゃいの抱擁』をーッ!」
「はいはい、ワーキャマン支店長、いってらっしゃーい☆ 売り上げ目標達成したら、ボーナス出すからねー!」
サクラ社長は爽やかな笑顔で、一切の迷いなくひらひらと手を振った。
「冷たい! その現場主義ゆえのスパルタなところも素敵だけど今は冷たすぎるーッ! サクラ社長のピンクのヘルメットが遠ざかっていくぅぅぅーーーっ!!」
ドナドナのように哀愁漂うジョージーの叫び声が、秋晴れの青空へと虚しく吸い込まれていく。
プレハブの窓からその光景を眺めていた人事部長のヴァルキリーが、ふっと満足そうに手帳を閉じた。
「適材適所、素晴らしい人事配置ですね。若手の育成には『現場への単身赴任』が一番効きます」
(お前が言うなーーーっ! 誰のおかげで子会社ができたと思ってんのよ! まぁ、結果的に優秀な営業拠点ができたからいいけど!)
サクラの心の中のツッコミが冴え渡る中、マルコスが口元に不敵な笑みを浮かべた。
「ふふふ……社長。奴らは『どんな崩落でも作業員が無傷でいられる魔法の防護服』を手に入れて安心しきり、さらに過激で危険な突貫手抜き工事を進めるでしょうね……」
「……ええ。そしてそのツケは、必ず現場に回ってくるわ」
サクラはヘルメットを被り直し、決意の表情を浮かべた。
暗黒ダンジョンホールディングスが建設を進める超格安・欠陥ダンジョン。その最奥部で、ついに取り返しのつかない大崩落の兆候が始まっていた——。
(第10話・了)




