↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】聖女様がいらしたので、身代わりはもう不要だそうです。では、十年分の呪いをお返ししますね。  作者: 堀吉 蔵人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/31

第1話 身代わりはもう不要だそうです

 

「ノエラ・カーヴェル。本日をもって、王家付き身代わりの任を解く」


 王太子アルブレヒト殿下の声が、大広間の高い天井に跳ね返った。


 秋の叙任式の締めくくりだった。居並ぶ貴族はざっと二百人。そのど真ん中で名前を呼ばれるのは、十年ぶりになる。前は八歳のとき、この役目を言い渡された日だ。


「聖女マリエラの加護によって、今後、王家はあらゆる呪詛から守られる。もはや身代わりを置く理由はない」


 殿下の半歩うしろで、金髪の女の子がぺこりと頭を下げた。春に神殿が辺境の村で見つけてきたという聖女様だ。胸の前で組んだ手のまわりが、ほんのり明るい。噂どおり、加護は本物らしい。


 広間のあちこちで忍び笑いが起きた。


「やっと北の塔が空くわね」

「あの手袋、真夏でも外さないのよ。何を隠しているんだか」


 聞こえるように言っているのだから、聞いておく。十年もいれば、こういうのは右から左へ流せるようになる。


 私は前へ出て、膝を折った。


「確認させてください、殿下。明日から、王家に向けられた呪いを私が受ける必要はない、ということでよろしいですか」

「そうだ」

「毎朝の誓約の更新も」

「要らん」

「北の塔の鍵は」

「好きにしろ。返したければ返せ」

「塔を出て、どこへ行ってもかまわないと」


 殿下が眉を寄せた。


「何が言いたい」

「いえ。十年、塔と礼拝堂のほかには出たことがなかったもので」


 笑い声が少し減った。気まずくなった人がいたのかもしれないし、単に飽きたのかもしれない。


「ひとつだけ、申し上げておきたいことが」

「くどい」


 殿下は手を振った。


「お前の話は聞き飽きた。陛下が巡幸からお戻りになる前に、この件は片付けておく。それだけだ」


 ああ、陛下はご存じないのか、と思った。


 ご存じないなら、なおさら言っておいたほうがいい気もしたけれど、くどいと言われたばかりだ。殿下は陛下がご不在のあいだの代理である。代理のご判断に、身代わりが口をはさむ筋合いはない。


「かしこまりました。では、恐れ入りますが、解任状をいただけますか」

「解任状?」

「身代わりの誓約は書面で交わしました。解くときも書面が要ります。殿下のご署名があれば足ります」


 殿下は面倒くさそうに書記官を呼んだ。羊皮紙が用意され、文言が読み上げられ、殿下は羽根ペンを大きく走らせた。これみよがしな、いい署名だった。


「これでいいな」

「はい。確かに」


 受け取った羊皮紙を胸に当ててから、私は左の手袋を外した。続けて右も。


 前列のご婦人が、ひっと息をのんだ。


 手首から肘の上まで、黒い茨の模様がびっしりと這っている。刺青のように見えるけれど、これは肌の上ではなく、少しだけ内側にある。ときどき脈に合わせて、ちくりと動く。


「なんだ、それは」


 殿下が顔をしかめた。


「十年分の呪いです」


 私は答えた。


「身代わりの誓約は、呪いを消すものではありません。王家の皆様に届くはずだった呪いを、途中で私が預かっておくだけです。預かったものは、ここに溜まります」

「……それで?」

「誓約を解けば、預かっていたものは、本来の宛先へ戻ります」


 広間が、しんとなった。


 聖女様が「えっ」と声を漏らした。殿下は口を半分開けたまま、私と羊皮紙を交互に見ている。


「ご安心ください。聖女様の加護がございますから」


 私は解任状を右腕に押し当てた。殿下の署名のインクが、茨の上でじわりと滲む。


「誓約を解きます。王家の皆様宛にお預かりしていた三百十二件、お返しいたします」


面白かったら評価、ブックマークいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。