一枚のコインで家が建つ⑪
あと2時間もしないうちに日付が変わるというのに、塩井からの深夜の呼び出しがかかってしまった。応じる義理などまったくないのだが、一人で神社にいる塩井を想像すると、どうにも気が気でない。本人が言う通り、下心丸出しの男からナンパされる可能性もある。香月が行ったところで守れるほど頼もしくはないが、一人よりは二人のほうがマシだろう。こんな時に身体能力の高い岩崎と四条がいれば心強いのに。
家を出ようとしたところを母親に呼び止められたが、塩井の安全確認のためだと伝えると、それ以上引き留められることはなかった。一度家に上げた時に香月の家族は塩井とずいぶん打ち解けており、特に母親は彼女のことを気に入った様子だ。学校での塩井の様子などをよく聞きたそうにしているが、話せるような内容がろくにない。
人気のない道を通るのは怖いので、できるだけ大通りを選んで神社まで向かう。
鳥居の傍に立っている人影は、暗くてもその艶やかさが分かる黒髪を夜風にたなびかせていた。
「お、来たか」
「来たか、じゃありませんよ。こんな夜中に呼び出しておいて。もうお風呂も入ったあとなんですからね」
「湯冷めには気を付けろよ。風邪ひくぞ」
「誰かさんのせいで体が冷えちゃってます」
「なら温めてやろう」
塩井が香月の頭を胸元に抱き寄せた。
「んむっ⁉」
いつもはケミカルな匂いしかしない塩井だが、なぜか今日は甘い香りが漂っている。すぐに抜け出そうとしたのに、その香りと塩井の体温が心地よく、思わず目を閉じてしまった。
「…離れないのか?」
むしろ仕掛けた本人が顔を引きつらせている。塩井が過度なスキンシップを取ろうとすれば、香月が冷たく突っぱねるのが二人の間のお決まりのやり取りになっていた。されるがままの香月を不気味に思ったのか、塩井がそっと体を離した。
「人のぬくもりに飢えているんだな、香月は。かわいそうに。彼氏とはご無沙汰なのか?」
なんて直球な質問だ。
「失礼ですよ、そういうこと聞くのは」
「たまになら私が慰めてやろう」
「だから違いますって。それより事件なんですって?先輩のアートが盗まれたとか言ってましたけど」
「そうだ、これは立派な窃盗だぞ!」
塩井は拳を振り上げて叫んだ。
「というわけで、これより犯人捜しを行う。探偵の真似事といこうじゃないか」




