一枚のコインで家が建つ⑩
「香月、事件だ。この平和な町で事件が起きている!」
塩井からの着信があった頃、香月は晩御飯を食べ終え、金曜の夜にしか味わえない解放感に浸っていた。まだまだ夜は長い。夜更かしのお供のスナック菓子は買ってあり、楽しむ準備は万端だった。そのタイミングで一番関わりたくない相手からの連絡が来たので、一度は無視しようとスマホを置いた。しかし何度もかかってくるので、無視するほうが疲れてしまった。
「事件ってなんすか…。あ、それ聞くの月曜じゃダメですかね」
「いいわけないだろう。緊急事態なんだよ!」
塩井の声に混じって風の音が聞こえるので、おそらく外にいるのだろう。これ以上踏み込んで聞きたくないという気持ちを抑えながら、香月はなんとか先を促した。
「で?」
「ん?」
「いやだから、なにが事件なんですか」
「盗まれたんだよ」
「なにが」
「私と前田先生の合作が!」
例のモザイクアートのことか。ほとんど500円玉で構成されているので、総額にすれば30万近くの金額になる。盗もうという不届きものが現れても不思議ではなかった。美術館の展示のようにガラスケースに入れているわけでもなく野ざらしだったので、セキュリティーも手抜きだ。
「展示を始めて今日で2週間。神社に様子を見に来てみれば、そこにあったはずのアートがないもんだからもうびっくりだよ。日本はいつからこんな国になった?人様の金を。しかも神社という聖域に置かれている金を盗むなど、罰当たりめ!」
崇拝の否定を示唆するアートを神社に展示した時点で、塩井も十分罰当たりではあるのだが、自分のことは棚に上げて犯人に怒りをぶつけている。
「それは災難でしたね。元気出してください」
心にもない慰めの言葉を言いながら、香月はあくびを噛み殺した。一円も募金に協力していない立場からすれば、正直どうでもよかった。
「おい、今あくびしたな?」
ばれた。
「だってもう10時ですよ」
「今から神社に来てくれ」
「うそでしょ」
「犯人捜しを行う」
「嫌だ」
「部員たちには招集をかけている。えーと、橘は今晩から旅行に出かけるから無理と」
嘘つけ。週末はなんの予定もなく暇だと愚痴っているのを今日聞いたばかりだ。
「岩崎はサッカー部のほうの仕事があるらしい。顧問の2人はデート中だと」
「そうですか。誰も来れなくて残念でしたね」
「私と香月の2人きりか」
「私にもあいにく予定が…」
「言ってみろ。なんの予定だ」
「え」
「なんの予定だと聞いている」
付き合いが長いだけあって、嘘をついて誤魔化そうとしても塩井には見抜かれてしまう。
「えっと…」
「予定は空白だな。よし、今すぐ来い。神社で待っている。あまり私を一人で待たせるなよ。ネットで話題の風刺系美少女なんだから、ナンパされてしまうかもしれないぞ」




