一枚のコインで家が建つ⑦
「ふうん、社会へのメッセージねえ。面白いこと考えるなあ、塩井さんは」
「ええ、そうでしょう」
宇崎は塩井の発案を聞いて、前田と同じようなリアクションを返した。
「そこで顧問のお2人にもアイデアを出してもらいたいんですが、何かありませんか?」
「私は絵を描かないし、アートとか言われても何も浮かばないな」
顧問だからといって、その分野に精通しているわけではない。特に文化部の場合は形だけの顧問が多いので、絵筆を握ったことすらない教師が美術部の顧問だったり、楽器を一つも弾けない教師が軽音楽の顧問を務めていたりする。宇崎も例に漏れず、アートへの理解はまったく無かった。
「そうだ、葵はなんかイラスト描いてSNSに上げてなかったっけ?」
「ちょ、恵ちゃん、それ言わないで!」
「ほう、興味深いですね。前田先生は一体どんなイラストを?」
前田はあまり知られたくないようだが、一度塩井に目をつけられたら終わりだ。絵を見せるまでは帰してくれないだろう。
「こ、これ、です…」
前田は観念したように顔を伏せ、スマホを差し出した。
「こっ、これは…!」
驚きに塩井の瞳孔が開く。
「見てみろ香月。前田画伯の作品を」
「やめて!」
前田がスマホを奪い返そうとしたが、香月はもう見てしまった。
「うわ」
「ほら、そういうリアクションになるから嫌だったの!」
「現代を風刺してるつもりになってるちょっと痛いタイプのイラストレーターだ」
「きゃああ!」
SNSのアイコンの形をした錠剤を飲む若い男性。ルッキズムへのアンチテーゼを表現していると思しき女性のイラストなど、そうそうたる作品群が並んでいた。
「橘、これ見て」
バトンのように前田のスマホを橘に手渡す。
スマホを覗き込み、橘が言った。
「現代を風刺してるつもりになってるちょっと痛いタイプのイラストレーターだ」
「ぎゃああ!」
前田が力なく崩れ落ち、恥辱の涙を流した。
「前田先生、こんな事してたんですね」
「結構フォロワーいるし」
「私はいいと思いますよ。ちょっと痛いですけど」
「こういうの描けるってすごいと思います。ちょっと痛いですけど」
前田の投稿についているコメントは、大半が作品を賞賛するものだった。作者本人が込めている以上のメッセージを深読みして、自分なりに考察しているコメントが多い。その一方で、ただの自己陶酔だと作者とそのファンを批判するコメントも散見された。
倒れこんだ前田の肩を、塩井がぽんと叩いた。
「気に入った。前田先生に任せましょう」




