一枚のコインで家が建つ④
いたいけな小学生から強奪した募金箱を持って、塩井は中庭に立っている。手作りにしてはよくできており、硬貨の重みに耐えうる段ボール素材だ。
「塩井先輩がまた何か始めたの?」
日課のトリックアート作りに励んでいた橘が、中庭で突っ立っている塩井を見下ろした。
香月がこれまでの経緯をかいつまんで説明すると、橘は理解したようなしていないような微妙な顔で、はあ、と頷いた。
「でも珍しいね。塩井先輩が私たちを巻き込まず、一人でやってるなんて」
「今回は私が口酸っぱく注意したんだよ。人の善意を利用して金集めをする不当な行為には関与しない。やるなら一人でやれって」
塩井に悪意がないのは分かっていたが、やっていることは詐欺となんら変わらない。協力するメリットはなく、下手に関われば香月たちまで悪人扱いを受けかねない。非協力的な姿勢に塩井はぶーぶー文句を垂れていたが、最終的には従うことにしたらしい。
「ま、どうせ誰もお金入れないでしょ。芸術で地域振興とか建前で言ってるけど、本気でやるつもりなんてゼロだし。先輩はあの見た目だから人気はある分、悪名も広まってるからね。わざわざ関わろうとする人なんてそうそういないはず…」
「いや見て香月。お金集まってる」
「なんだと」
塩井の前には早くも人だかりが出来ていた。そのほとんどが一年生。つまり塩井の悪評をまだ知らず、ただの綺麗な先輩としか思っていないピュアな生徒たちだ。
「あの子たち騙されてるよ!離れて、その人から離れて!」
「そんな化け物みたいな」
ここからだと塩井が何を喋っているか聞こえないが、営業スマイルを一年生に向けて振りまいているのが見えた。塩井の笑顔は、正直言って魅力的だ。自分が男なら間違いなく惚れていただろう。
「美貌の悪用はやめろー!」
「香月、先輩に聞こえちゃうよ」
部室から飛んでくる野次には耳を貸さず、塩井は艶やかな笑顔とともに募金箱を差し出している。そこへ一年生が次々とお金を投入していくものだから、香月は頭を抱えた。
「はあ…、やっぱ人生って顔が良けりゃイージーモードなんだよ。チクショウめ」
「香月も可愛いよ。元気出して」
慰めの言葉が空しく聞こえる。
「最近は慣れてきたからか、雄大もあんまり可愛いって言ってくれなくなったんだよね。橘、あんただけだよ。私の味方は」
「え、悲しいこと言わないで」
「結婚しよう」
「ごめんなさい」
そんなやり取りをしている間に、塩井の募金箱は重さを増していた。彼女の細腕で支え切れなくなったのか、よろよろとバランスを崩している。
自分を取り囲む一年生たちに最後まで笑顔を向けながら、塩井は校舎の中へと消え、間もなく部室に戻ってきた。
「見ろ、大漁だ!」
床に募金箱が置かれた時、じゃらじゃらと小銭がぶつかりあう音が響いた。




