一枚のコインで家が建つ③
「募金がやりたい?へえ、やったらええやん」
倫理的にダメだと諭しても、塩井は一度言い出したら聞かない。困り果てた香月は、岩崎に通話をかけて相談することにした。こういう時は、現代アート部唯一の常識人である岩崎しか頼れない。
「違うんですよ、岩崎先輩。あの人が難民支援とか崇高な目的で募金すると思います?」
「思わへんなあ」
「小銭集めてアート作りたいから募金するとか、変なこと言い出してるんですよ」
「アホか。そんなんええわけないやろ」
「だから私もそう言ったんですけど、まだ諦めがついてないらしくて」
電話をしながら背後の塩井を見ると、腕を組んで何か思案している様子だった。どうにかして募金に手を出せないか考えているのだろう。まったく、頭の無駄遣いだ。
「岩崎先輩からも何か言ってやってくださいよ。私一人じゃ手に負えません」
「香月が一番得意やんか、塩井の相手は。みんな言うてるで。香月は塩井のお世話係みたいやって」
そんな不名誉な称号いらない。確かに部員の中では一番付き合いが長いが、だからといって塩井のことをなんでも理解しているわけもなく、むしろ今でも分からないことのほうが断然多い。
「とりあえず電話代わってくれますか?」
「おん、ええけども」
岩崎先輩からです、と言って塩井にスマホを渡す。
「なんだ岩崎、私に用か」
「いやウチは別にお前に話すことないねんけど。香月から頼まれてん。お前が変なこと言い出したから止めてくれって」
スピーカーにしてあるので、岩崎の声もしっかり聞こえる。
塩井がこちらを見て目を細めた。
「あんなあ、募金するにはちゃんとした目的がいるねんで。逆に考えてみい。わけわからん目的で募金してるやつに協力しようと思うか?」
「ふむ。ならば金の使い道をハッキリさせればいいんだろう?ああ、分かってる、皆までいうな。小銭でアートを作りたいとかじゃなくて、もっと崇高な目的がないとダメなんだな。よし、それならばこういうのはどうだろう。集めたお金で、芸術を通じた地域振興を行うというのは」
塩井が珍しくまともな事を言っている。明日は嵐だ。
「聞こえはええけど、どういうことやねん」
「例えば公共施設を借りて、学生の描いた絵を展示する企画展の開催」
「お、ええやんか」
「ショッピングモールなどで行う絵画教室」
「お前にしてはまともなアイデアやな。学生の活動としても評価されるやろうし、うん、やったらええんちゃう?そのための募金やったら応援する人もおると思うわ」
「ではそれで行こう」
「募金するからにはほんまにやんねんな?」
塩井は無言で通話を切った。
「さて、募金箱が必要だな。香月、ちゃちゃっと作ってくれないか?」
「嫌ですよ。自分で言い出したんだから、募金箱も先輩が作ってください」
「面倒だな…。お、ちょうどそこの小学生たちが募金を終えたようだ。ちょっといいかな、君たち」
「ちょ、先輩。なにするつもりですか!」
見知らぬ小学生たちににじり寄っていく塩井。野球の試合で公園の使用権を野球少年から強奪したように、塩井は子供相手でも容赦がないのだ。放っておけば何をするか分かったものではない。
横一列に並び、募金箱を抱えた少年少女たちに塩井は問いかける。
「この中で一円も集められていない、なんの成果も上げてない子はいるか?」
なんだ、その残酷な質問は。
「は、はい…」
おずおずと手を挙げたマッシュルームヘアの少年に、塩井は手を差し出した。
「ならばその募金箱の中は空っぽだな。私が使うからそれをくれ」
「え?」
「どうせ捨てるんだろう?私が有効活用してやる。さあ少年、寄越しなさい」
「さ、最低だ、この先輩…」
経済的に恵まれているくせに、募金箱をタダで手に入れた塩井。両手を塞いでいた募金箱を失って手持無沙汰になった少年は、逃げるようにして帰っていった。




