一枚のコインで家が建つ①
貧乏と聞くと、苦学生のような生活を想像してしまう。6本入りのスティックパンを朝昼晩三回に分けて食べている、という知り合いの大学生がいる。あれは節約というよりも修行か拷問に近いが、恵まれない人というのは案外多いものだ。香月が生まれた家庭は、貧乏でもなければ別段富裕層というわけでもない。いわゆる庶民の家庭だが、それで十分幸せである。岩崎の家のように裕福でなくてもいい。多くを求めるのは贅沢というものだ。
恵まれない国の子供のために募金をお願いします。道行く人にそう声をかける小学生たちを見て、香月は貧困について考えていた。
隣を歩く塩井はどうだろうと顔を覗き込むと、ずいぶんと難しい表情をしている。塩井も貧困問題について考えをめぐらせているのだろうか。
「なあ香月、私も募金箱持って立ってたらお金もらえるかな?」
違った。またくだらない事を考えている。
「新手の立ちんぼだと思われますよ」
顔だけはいいんだから、という言葉は飲み込んだ。
「ていうか先輩、そんなお金に困ってます?いつも無駄な買い物してるし、てっきり余裕があるのかと」
「無駄とはなんだ。すべては創作に必要なものたちなんだよ。あと私はお金に困ってない。親からは十分な施しを受けてるからね」
艶のある髪に瑞々しい肌。塩井の美貌を維持するには、それなりに美容にも金をかけないといけない。彼女の親には、娘に欲しいものを与えるだけの経済的余裕はあるのだと窺える。
「じゃあ募金なんてしなくていいでしょ」
「いや、私が欲しいのはお金そのものというよりは小銭なんだ。募金箱にお金を入れていく人たちを見てみろ。誰も札なんて入れてない。みんな小銭だろう?」
「よほど太っ腹じゃないと札は入れないでしょうね。私にはせいぜい100円が限界です」
神社でお祈りをする時でさえ、香月の財布のひもは固い。高校受験の時は断腸の思いで500円を投げ入れたが、合格できたのは金額の影響なのだろうか。10円で受かっていた可能性もある。だとしたら450円返してほしい。
「実にケチだな、香月は」
「節約家なんです。先輩はなんで小銭が欲しいんですか?」
「こういうのをやってみたくてね」
塩井が見せてきたスマホには、複雑に積み重なったコインが建物のような形になっている写真が表示されていた。
「おお、なんですかこれ。すごいですね」
「コインタワーというらしい。1000枚以上のコインが使われているんだとさ」
「なんか…空間が歪んで見えません?」
まるで写真の加工に失敗したみたいに、コインタワーの表面は湾曲して見えた。
「コイン側面のくぼみや、積み重なった時にできる影とかでそう見えるんだろう。現実にエラーが発生したみたいで素敵じゃないか。アートにはリアルを超越し、捻じ曲げる力がある。私もこういうの作ってみたい」
「それで大量の小銭が必要なわけですね」
「うむ」
「銀行で両替すればよくないですか」
塩井の動きが一瞬止まった。




