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廃部リミット⑧

 岩崎が出してくれたお菓子をあらかた食べ終えた頃、部室の扉が勢いよく開かれた。


 「やあ待たせたな。約束通り連れてきたぞ。4人目の新入部員だ」


 塩井が何かを小脇に抱えている。いや、何かというか誰かだ。


 「ちょ…降ろしてください。腰が、腰に結構来るんです、この体勢」


 ぼそぼそと喋るせいでハッキリ聞こえないが、塩井から逃れようと手足をジタバタさせるその人物に、一応の抵抗の意思はあるらしい。


 「先輩、なんですかその人」


 「お前、子供連れてくんなや。どっから攫ってきてん。警察や警察。香月、110番せえ」


 「君たちよく見ろ。私たちと同じ高校の制服を着ているだろ。体は小さいが、れっきとした高校生だよ、この子は」


 捕獲された動物のような体勢だったので見えにくかったが、確かに同じ制服だ。しかし塩井が平均身長より高いモデル体型とはいえ、大人と子供くらいの身長差がある。


 「ほら挨拶しなさい」


 ようやく地面に降ろされたミニサイズの女子生徒は、こほんと咳払いをして自己紹介を始めた。


 「あ、橘菜月と申します」


 「…それだけかいな。なんかもっとあるやろ。学年とか」


 「あ、1年です。1年6組」


 橘は一問一答でしか受け答えが出来ない人間のようだ。岩崎の質問に簡潔に答えると、口をつぐんで何も喋らなくなる。


 改めて立っている姿を見ると、小学生と言われても納得のサイズ感だ。香月は身長が高いほうではないが、どうしても橘を見下ろす形になってしまう。


 「なんやこいつ、やりにくいな。えーと、部活とか入ってんの?」


 「入ってません」


 また沈黙が流れる。


 「ごめん、ウチ無理やわ。香月、代わりに話し相手したって」


 あまりの対話の難しさに、岩崎が匙を投げた。


 「ええと、なんで現代アート部に入ろうと思ったの?」


 「そこの人に脅されたんです」


 橘に指をさされた塩井は、憮然とした表情で腕を組んだ。


 「脅されたとは人聞きの悪い。私はむしろ被害者だ」


 「どういうことですか」


 「事の経緯を話そう。あれは今から30分ほど前のこと…」


 回想するには直近すぎる。ようするに、部員を連れてくると宣言して塩井が部室を出ていった直後のことだ。


 「校庭の隅っこが地盤沈下を起こしたんだ」

 

 「嘘つかないでください」


 「これが嘘じゃないんだよ。半分は本当なんだ」


 なら半分は嘘ではないか。


 「証拠の写真だってある。これを見たまえ」


 塩井のスマホに映し出されたのは、体育倉庫裏。確かにその地面に、穴が開いている。


 「えっ、なにこれ!」


 香月が上げた大声に反応して、岩崎が後ろからスマホを覗き込んできた。

 

 「やば。この学校の地盤どうなってんねん。でもその割には誰も騒いでへんな。こんなん起きたらパニックになりそうなもんやけど」


 「私もびっくりしたよ。歩いてたらいきなり足元に大きな穴が開いてて、しかも穴の底が見えないくらい深いときたもんだ。思わず腰を抜かしたね」


 情けなく尻もちをついている塩井の姿が、なんとなく想像できる。さっき叩いてしまった時の反応からして、案外この人は打たれ弱いのだと知った。


 「だがこれをよーく見てくれ。なにか気づくことはないか?」


 画像をズームして目凝らすと、香月はある違和感に気が付いた。

 

 「穴の周りと、地面の色がちょっと違う?」


 「そう。これはトリックアートだったんだ」


 トリックアート。人間の目の錯覚を利用して、存在しないものを出現させたり、平衡感覚を狂わせる一種の芸術だ。


 「あー、なんかネットで見たことあるわ。歩きスマホしながら歩いている人騙すやつやろ。あんなんヤラセやと思うけどな」


 スマホを見ながら歩いている人が、足元のトリックアートに気づいた瞬間に腰を抜かす。そんな海外の動画を香月も見たことがあった。まさか同じようなものが、校庭に出現しているとは。


 「仕掛けたのは、なにを隠そうそこの橘だ」


 「いやまあ、へへ…」


 褒められたようなリアクションだが、別に誰も褒めてはいない。


 「なんでこんなもん校庭に作ってんねん」


 「あ、趣味で」


 「趣味って。これ1人で作ったんか?」


 「はい。1人で」


 「なにこいつ。こわ」


 岩崎が頬を引きつらせて、香月の後ろに回った。


 「見事なもんだよ。私も橘のトリックに引っかかってしまってね。尻を強かに地面に打ち付けてしまった。本来なら徹底的に追い詰めて、学校にいられなくしてやるところなんだが、状況が状況だからな。部員を1人確保すると宣言した手前、手ぶらで帰るわけにもいかん。そこで私は交渉を持ちかけたんだよ」


 一応塩井にも責任感というものはあったらしい。どうせ手ぶらで帰ってくると思っていたので、むしろ連れてきたほうが驚きだ。


 「私にケガを負わせたことは許してやるから、代わりに現代アート部に入れと」


 「こ、公平な取引じゃないですよ。尻もちついただけなのに」

 

 小さい声で不満を漏らす橘を、塩井が目線で黙らせた。


 「トリックアートと現代アートは別物だが、新しい形の芸術という意味では共通点もある。堅苦しさがなく、自由で作り手の想像力がものを言う世界だ。橘には作り手としての才能がある。どうだ、入部させるのに最適だろう?」


 「逃げようとしたけど、この人足速かった…」


 なるほど。それで抵抗した橘を捕まえ、小脇に抱えて戻ってきたというわけか。というか、逃げようとしている時点で交渉は成立していないではないか。これではただの拉致だ。


 「さて、ここに入部届がある。サインしろ橘」


 「うぅぅ…嫌だ…」


 「観念しろ。さもなくば、君の親御さんに言うぞ。娘さんのトリックアートのせいで、尾てい骨が砕けましたと」


 尻もち程度で砕けるなら、塩井の骨のほうに問題がある。だが塩井の圧に負けた橘は、震える手で入部届にサインをした。


 「これで4人だ。間に合ったぞ!」


 

 生徒会室に現れた4人を前にして、生徒会長の深川は面倒くさそうに目を細めた。


 「なんでしょうか。忙しいので手短に済ませてください」

 

 「現代アート部の正式メンバーが4人集まった。これで廃部にはならないな?」


 岩崎と橘の分の入部届を机に叩きつける塩井。その顔には、嫌らしいほどの勝利の笑みが浮かんでいる。


 「はい。ではこちらで受理します」


 「それだけ?何か言うことはないのか?」


 「あなたが生徒会室の壁にぶちまけた絵具。壁紙の張替費用の請求書は後日お渡しします」


 「くっ…」


 塩井が悔しそうに唇を噛んだ。なぜ100%自分に過失があるのに、そんな顔ができるのだろう。


 「4月の入学式のあとは、体育館で合同の勧誘会があります。現代アート部も参加しますか?」


 「もちろんだとも。新一年生の部員を確保しないと、来年の今頃に香月と橘が同じ苦労をすることになるからな」


 「私は部員集めに奔走しませんよ。人がいなければ普通に廃部させます」


 「いいや、私が許さん」


 塩井のいない現代アート部など、香月にとって何の価値もない。


 結局一年間、一つの作品も作ることなく部活動を終えてしまった。部室に並んだのは、塩井が手がけた自称現代アートばかり。顔の描かれた風船は、昨日作ったばかりなのに、もうしぼみ始めていた。


 

 これから始まる青春に胸を躍らせた新入生たち。彼らが校門をくぐるのを、教室の窓から香月と橘は見下ろしていた。


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