新任教師の秘密⑭
宇崎が小さな悲鳴を上げた。手に持っていたシーチキンおにぎりを取り落とし、膝から崩れ落ちていく。
「会長、125番っていうのは」
「タバコの番号ですね」
前田が煙草を購入した。あのひ弱で、蚊の鳴くような声で喋る前田が。育ちの良さがにじみ出ており、悪い事など一つもしてこなかった、というような顔で生きている前田が。煙草を買っている。
「う、嘘だ…」
宇崎がショックを受けているところを見るに、恋人の前では喫煙者だという事を隠していたのだろう。
「宇崎先生、めちゃくちゃ落ち込んでますね」
「世の中は喫煙者に対して風当りが強いですし、特に女性となるとイメージが悪いでしょう。別に吸う吸わないは個人の勝手ですが、宇崎先生としては彼女に吸ってほしくなかったみたいですね」
前田が煙草を吸っている様子は想像がつかない。香月の中で、ゆるふわ系の人は喫煙と無縁という偏見があった。
「いや待て待て、男か?男の線もあるな」
宇崎が酒のコーナーで立ち止まり、ブツブツ言い始めた。
「前に付き合ってた男の趣味とか。そうだ、そういうのよく聞くじゃん。彼氏の影響で吸い始めるとかさ。え、待って。そういう男と付き合ってたってこと?葵って彼氏いたことないって言ってたのに、それ嘘だったってこと?私が初めてじゃないの?」
周りの客が宇崎を避けて通っていく。宇崎のせいでこの店の酒の売り上げが落ちそうだ。
「前の男っていうか、実は前田先生に今彼氏がいるってパターンもあるんじゃないですか?」
「ほう、二股ですか。それはそれで妄想が捗りますね」
「あっ、それか誰かに頼まれて買っただけとか」
もしそうなら一番平和的に解決したはずだ。しかし前田はコンビニを出るなり、店の前の喫煙所で足を止めた。
「あっ…」
香月と同じ希望を抱いていたらしい宇崎が、再び崩れ落ちた。
「…吸ってますね」
「前田先生が喫煙者であることはこれで確定。私も詳しくはないですが、おそらく結構重たいやつかと」
「会長ももしかして喫煙者…?」
「父親が吸ってるんですよ。今は銘柄が変わりましたが、前田先生が買ったのは父親が昔に吸っていたのと同じ。臭いもきついし、肺にガツンとくるやつだと父が言っていました」
せめて若い女性に人気の銘柄であれば救いがあったが、前田は結構な愛煙家のようだ。
店内から恋人の喫煙シーンを見つめる宇崎。その情けない教師の姿を、香月と深川は後ろから見守っていた。




