新任教師の秘密⑧
まだ帰ってこないのか、と朝陽から催促のメッセージが入ってきた。こっちだって帰りたい。いつまでも変態ストーカー教師の相手をしている暇はないのだ。
だが先ほどから席を立つタイミングが掴めないでいる。というのも、酒が入った宇崎の惚気が止まらない。いかに前田が可愛らしい女性か、という事を延々と話している。ここが居酒屋ならいざ知らず、香月たちがいるのはファミレスだ。しかもちょうどご飯時で混み合うピークタイム。ファミレスで泥酔している客というだけでも珍しいのに、そのうえ教師と生徒という謎の組み合わせ。周りからすれば年の離れた姉妹に見えるかもしれないが、こんなところを知り合いに見つかっては大変だ。主に宇崎のほうが。
「先生、とりあえず店を出ましょう。だいぶ酔っちゃってますから」
「へえ?酔ってら、ないよぉ」
酔っている人間ほど酔ってないという、と父から教わった。大人になるまで使わない知識だと思っていたが、案外早く実例を目の当たりにした。
「香月さんもぉ、飲みなよ。あ、ビール嫌い?ワインは?あるっしょ、この店。安もんのワイン」
「先生、私高校生。あなたの生徒。未成年飲酒、ダメ」
「あ、そうだっけ?もー、それより聞いてよ。葵がね、先月花見に行った時にね」
このままでは埒が明かない。香月は無理やり宇崎を立たせて、なんとか店を出ようとした。
「ほら先生、歩けますか?レジまで行ってください。で、お金払って」
「んだよぉ、ノリ悪いなぁ」
宇崎は立ち上がったはいいものの、店内を徘徊していた配膳ロボットと正面衝突して、床に倒れこんだ。
「いった!なんだてめえ、このヤロー!」
酔っ払いに喧嘩を売られたロボットのディスプレイには、困ったような表情が表示された。なるほど、うまくできている。
宇崎を放っておくと、不審者としてではなく迷惑客として通報されかねない。なぜ生徒の自分が教師の面倒を見ないといけないのか納得いかないが、見捨てて帰るわけにもいくまい。倒れた宇崎を引きずってレジまで行き、スウェットのポケットに入っていた財布を勝手に抜き出した。会計は合計で約3000円。宇崎が酒以外にもつまみ代わりのメニューを頼んだせいで、妙に高い。
香月は宇崎の財布から5000円札を抜き、支払いを済ませた。教師の財布から金をくすねるなど言語道断だが、状況が状況だから仕方ない。むしろ迷惑料で1万くらいもらってもいいくらいだ。
ファミレスを出て、自宅近くの公園のベンチで宇崎を休ませることにした。
「うぇ…気持ちわる…」
「飲みすぎです。ファミレスで酔っぱらう人初めて見ましたよ」
5月の夜風はまだ涼しい。あと1か月もすれば、夜でも蒸し暑い日が続くだろう。ひんやりした空気にしばらく当てておけば、宇崎の体調もマシになるはずだ。




