縄張り争い⑮
四条が手に持って振っているのは、スプレー缶だった。カラカラと缶の中で球が転がる音がする。
「そんなもの持ってきて、なにするつもりなんですか。うわ、こっち向けんな」
四条が考えることはまったく読めないが、少なくとも野球の試合で勝つためにスプレーが必要になることはあり得ないはずだ。
「私はアートとか興味ないけどさあ、ちょっと思いついちゃったんだよね。芸術的に試合を制する方法。塩井ちゃん、こっち向いて」
明らかに怪しい笑みを浮かべる四条に、ろくに警戒もせずのこのこと近づく塩井。
「それっ!」
「ひゃん⁉」
四条が塩井に向けてスプレーを噴射した。塩井の首元から腹のあたりまで、黄土色の線が一本引かれた。
「なにをする!」
「相手の投手の目をかく乱するんだよ。このスプレーの色、私たちが使ってる木製のバットと似てるでしょ」
確かに塩井のユニフォームを汚したその色と、バットの色はほとんど同じだった。
「これを全身にふきかけて、バットと同じ色になればいいんだよー。そしたら相手からしたらさ、かなりやりづらくない?ストライクゾーンを狙いにくくなると思うんだよね」
つまりはボディペイントのように体の色を変えてしまおうというわけか。それが果たして打率を上げることにつながるかはわからないが、もう止めるには遅すぎた。逃げる塩井を追いかけて、四条はスプレーを噴射している。
間もなくして全身がバットと同じ色になった塩井が打席に立った。
「どうせ意味ないでしょ、あんなの」
「ふふ、香月ちゃんはあれ見てもそう言える?」
「え?」
カキン、と気味のいい音がした。
「先輩が打った⁉」
「しかもスリーベース。すごくない?やっぱり私のアイデアのおかげだね」
投手の少年の困惑は推して知るべし。なんならバットだけでなく、グラウンドの土とも同系色なので、さぞかし投げにくいだろう。
三塁から塩井が手を振ってきた。顔だけはスプレーがかかっていないせいで、生首が宙に浮かんでいるような光景だ。
四条の作戦が功を奏し、高校生チームは大逆転。守備が下手くそなのは変わらないので散々点は取られたが、最終スコアは11対8。小学生相手に大人気ない勝利を収めた。
晴れて公園の使用権は、自治体を通さない非公式ではあるが塩井に譲渡される形となった。ストーンヘンジを作る。そう宣言した塩井だったが、卒業までの1年間、公園には何の変化も無かった。だが苦労して少年から奪った公共の場を、塩井が活用しないはずもない。
塩井というお騒がせ者の生徒が高校を卒業してから3年後、突如として公園にストーンヘンジらしき物体が設置され、そして約2週間で撤去された。誰が一体なんの目的で、と当時地元で騒がれたが、そんなの犯人は一人しかいない。この町を。いや、この国のどこを探しても、塩井以外ありえないのだから。




