縄張り争い⑦
現代アート部の4人に加え、生徒会長の深川と緊縛クラブの四条。残りの3人をどうするかという話になったときに、白羽の矢が立ったのが香月の彼氏の雄大だった。
「君の彼氏を連れてきてくれないか」
「雄大を巻き込まないでくださいよ」
「いいじゃないか。試合は休日だし、終わったらそのままデートに行けばいい」
「試合するんでしょ?終わってから汗だくの状態でデートなんて行きたくないです」
「ぜいたくを言うな。部活帰りにデートなんてよくある話だし、汗のにおいなんて気にならないだろ」
塩井からはいつもペンキだったりスプレーだったり、ケミカルな匂いが漂っている。匂いに無頓着な塩井からすれば、運動の汗なんて気にすることもないだろうが、香月は違う。試合で体も汚れるだろうし、そのままデートなんてまっぴらごめんだ。
雄大を試合に誘うつもりは毛頭なかったが、塩井が2年の教室の前を通りかかった瞬間、タイミングの悪いことに雄大と鉢合わせてしまった。
「おや、噂をすれば」
「雄大、逃げて!」
「えっ、なに?」
香月の警告も空しく、塩井は雄大の腕を掴んだ。下級生の間にもその美貌をとどろかせている塩井が、大胆にも男子生徒を引き止めたのだ。周りの注目が集まらないわけもない。彼女としてどう反応していいのか、香月は頭を抱えた。
「うむ、いい筋肉だ。試合に来てくれ」
「な、なんの試合ですか?」
「詳しくはあとで香月から聞くといい。あと残り2人は…」
塩井が廊下をぐるりと見まわした。注目を浴びているはずなのに誰も視線を合わせようとはしない。なにか面倒ごとに巻き込まれると、みんな感づいているのだろう。
獲物を狙う塩井。誰もが離れていくなか、哀れにも塩井に目を付けられてしまった2人組がいた。
宇崎先生と前田先生。2人とも今年の春に赴任してきた、新任の女性教師だ。数か月前まで大学生だった彼女たちは、先生と呼ぶにはまだ違和感がある。宇崎先生はショートヘアの似合う、どこか少年のような雰囲気がある人でとても親しみやすい。前田先生は対照的に、春先に芽吹く花のような和やかオーラに溢れている。2人は同い年で同期ということもあり、仲睦まじくしている様子が校内でよく目撃されている。
「宇崎先生。今お時間頂いても?」
塩井は教師をチームに引き入れるつもりだ。小学生相手に高校生と大人でかかるのは、いくらなんでも酷くないだろうか。
「ええっと、確か君は3年の…」
宇崎の担当は2年生なので、3年の塩井とは面識がないはずだ。しかし塩井の存在は良くも悪くも全校生徒に認知されており、その評判も悪名も、新任教師の耳に届いているらしい。
「こ、この人が噂の塩井さんですよ、宇崎先生!」
前田が宇崎に耳打ちした。まるで幽霊でも見たかのように顔が青ざめている。
「どうしました、前田先生。なぜそんなに怯えているんですか。私は善良な一般生徒なのに」
塩井が一歩近づくたびに、前田は悲鳴を上げながら遠ざかっていく。
「前田先生、大丈夫だって。塩井さんは何もしてこないよ」
宇崎が震える前田の肩を抱き寄せた。
「ほ、ほんとですかぁ…?」
「まったく傷つくな。一体先生たちの間で、私はなんだと思われてるんです?」
「『綺麗な見た目に騙されるな。関わるとろくなことがない』って学年主任からは言われたよ」
宇崎の口から告げられた自分への評価に、塩井は何とも言えない表情を作った。
「それで塩井さん、私たちに何の用だったの?」
「そうそう。今週末に野球少年をボコすので、先生たちもチームに入ってください」
「ボ…ダメですよそんなの。先生許しませんから…」
ボコす、という物騒な言葉に、前田が弱弱しい声で抗議した。
「本当に殴りに行くわけじゃありませんよ。野球対決で目にものを見せてやるというだけです。先生たちが入ってくれればちょうど9人。チームが結成できます」
「あー、悪いけど週末は予定があってね。他の人を誘ってくれるかな」
宇崎は塩井の誘いを受け流して、前田とともに去っていこうとした。
「いいんですか?先生方」
先生たちの進行方向から現れたのは深川だった。香月と2人きりの時は気持ち悪い発言しかしない深川だが、一歩生徒会室の外に出ると、いつもの凛としたたたずまいに戻っている。
「試合に参加したほうが身のためですよ」
「へっ…?」




