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廃部リミット⑤

 朝練組の登校が始まり、塩井が愚か者と呼ぶ生徒たちが活動しだした。当然現代アート部に朝練などないので、この時間の学校にいるのは不思議な気分だ。


 塩井と岩崎という、正反対の意味で注目を集める2人が並んでいるせいで、周囲がざわつき始めた。なんというか、非常に画になる組み合わせではある。これで和やかに談笑でもしながら歩いていれば、どれだけ良かったか。だが実際はというと…。


 「私のテストに君が合格できるとは思えないな。尻尾巻いて逃げ出すなら今のうちだぞ」


 「やっかましいわ。てか自分、ほんまに部活残す気あんのか?今日逃したらもうチャンスないのに、なにを偉そうにテストとか言うてんねん」


 この2人、校門前で出会ってからというもの、ずっといがみ合っている。どちらかが譲歩する気配もなく、売り言葉に買い言葉。遠巻きから見ている周囲の生徒たちは、まさか塩井と岩崎が口喧嘩しているとは思わないだろう。


 香月はその後ろを、三歩離れてついていった。出来れば関係者と思われたくない。


 塩井が中庭で足を止めて振り返った。


 「着いたぞ。ここがテスト会場だ」


 塩井が何をするつもりか知らないが、幸い中庭には他の生徒がいなかった。少々変な行動を起こしても、奇異の目で見られることはなさそうだ。


 「ほんでテストってなにすんねん。先に言うとくけど、スポーツやったら勝負にならへんで。体壊したいうても、そのへんの素人よりは動けるわ。特にお前みたいな、ヒョロヒョロのやつには絶対負けへん」


 塩井の腕は、まるで木の枝のように細い。おまけに白磁のごとき純白。激しく動いているところは見たことがないが、まずスポーツは得意ではなさそうだ。


 「いくら地区大会敗退の弱小サッカー部とはいえ、君の実力が高いのは知っているよ。入る高校が違えば、さぞかし活躍できていただろう。そんな人間にスポーツで勝負を挑むほど、私は馬鹿ではない。これは現代アート部への入部テストなんだ。岩崎、君のアートのセンスを見せてもらおう」


 「おお、上等や。せやけど絵描くんやったら中庭やなくて教室でええやんか」


 「まったく、これだからサッカー馬鹿は…」


 塩井が眉を吊り上げて、首をふるふると横に振った。洋画がなにかの影響なのか、塩井は時々欧米風の仕草を見せることがある。


 「現代アートだと何度言ったら分かる。白いキャンバスの上に筆を走らせるだけならサルにでもできるんだよ。いや、たしか絵を描けるゾウもいたな。とにかく君にはもっと広い視野を持ってもらわないといけない。そこでテストの内容だが、中庭にあるもので自分の思うアートを作ることだ。もちろん私も参加する。そして出来上がった作品を見て、副部長の香月に勝敗をジャッジしてもらおう。ルールは以上だ。質問は受け付けない」


 「なにそれ、聞いてないんですけど」

 

 何の事前の説明もなく勝手に審判を任されていた。これは責任重大だ。部活を存続させるためには岩崎に勝たせればいいだけの話だが、そうすると塩井の機嫌を損ねかねない。普段は雑に扱ってもけろりとしているが、アートが絡むと厄介なのが塩井という女だ。きっと岩崎を勝たせると、あとからネチネチと文句を言ってきそうである。


 「ちょ、待てや。いきなりアート作れとか言われても」


 「はいスタート!」


 塩井が強引にテスト開始の合図を出した。


 「くそっ、中庭にあるもんなんか限られてるしな。どないしよ…」


 岩崎は困った顔で辺りをきょろきょろと見まわしている。


 「なあ香月。なんかいいアイデアない?」


 「一応審判を任されたので、アドバイスとかはちょっと」


 「ええやん、ケチなこと言わんで。香月かって、ウチに入ってほしいやろ?」


 いきなり顔を近づけて、耳元で囁かれた。岩崎の吐息が温かく、寒い空気で冷えた耳に じんわりと熱が広がっていく。岩崎が女子からも人気な理由は、中性的な顔立ちに加えて、こういうことを平気でする大胆さだ。香月も思わずドキッとしてしまい、慌てて飛びのいた。


 「そ、それ反則です。岩崎先輩、イエローカードですよ!」


 「厳しい審判やなあ。ちょっとくらいアドバイスくれてもええやん。だって相手は現代アート部の部長やで。こんなんウチが圧倒的に不利すぎるって。むしろ香月に助けてもらって、ようやく公平くらいやろ」


 「む、確かに一理ありますね」


 「せやろ?」

 

 よく考えれば、テストとはいえ勝敗を競うのであれば、もっと公平な勝負にすべきではないのか。なにをしれっと、自分の得意なフィールドに持ち込んでいるのだ、あの部長は。


 「ええと、そういえば去年の秋の話なんですけど、部長が落ち葉と枯れ木を使ったアートを作ってました。ちょうど桜の花びらが落ちてますし、なにか使えるんじゃないですか?」


 今年の開花は早く、その分散り始めるの早かった。卒業式では満開だった桜は、入学式の前に全て散ってしまうだろう。


 「それええやん!よっしゃ、花びら集めよ。アドバイスありがとう!」


 「頑張ってくださいね」


 一応塩井の様子も見ておこうと、花壇のあたりで丸まった背中を覗き込んだ。


 「えっ…」

 

 塩井の指の間に、タバコが挟まれていた。まずい。見てはいけないものを見てしまった。


 「私は何も見てない。私は何も見てない」


 ぶつぶつと呟きながら、香月は逃げるようにその場を去った。つくづくおかしな人間だとは思っていたが、未成年の喫煙が法律で禁じられていることを知らないはずがない。何度か校内で吸い殻が見つかり、学年集会で犯人捜しが始まったこともあった。結局犯人は名乗り出なかったが、もしや塩井なのでは?

 

 「ど、どないしたん香月。えらい顔青ざめてるけど」


 「なんでもないです。ほんとうに何でもないです」


 「そ、そうなん?」


 そもそもテストの最中に喫煙する意味が分からない。芸術家というとパイプを吸っているような古典的なイメージがあるにはあるが、塩井のあれもそういうことなのだろうか。ニコチンがイマジネーションを刺激するとは思えないが。


 「それより岩崎先輩、作品はできましたか?」


 「ああうん、見てやこれ。可愛いやろ?」


 岩崎が足元の地面を指さした。


 そこには、ピンクの花びらを並べて作られた猫の顔があった。


 「かわいい!」


 「ウチな、こう見えて猫とか犬とか可愛い動物好きやねん。あんまりキャラと違うから、普段は言わへんようにしてんねんけどな」


 照れくさそうに笑う岩崎は、いつもより女の子らしく見えた。桜の花びらをせっせと集め、猫の形に並べている様子を想像すると、思わず口元が緩む。こういうギャップもまた、人を虜にする要因なのだろう。つくづく罪な女だ。


 しかし問題は、本当の意味で罪な女となった塩井のほうだ。塩井からタバコの臭いがしたことはなかったが、いつもうまくケアしていたのだろうか。


 先生に密告すべきか、と悩んでいると、塩井が向こうからゆっくりと歩いてきた。


 「タイムアップだ。さて岩崎。君の作品を見せてもらおうか」


 「あ、あの先輩」


 「なんだ」


 どうしよう。言うべきか。


 「いや、なんでもないです」

 

 なんと切り出せばいいか分からず、結局香月は黙ってしまった。


 「ウチの作品見て驚くなよ?どや、桜ネコちゃん!」


 少年のような無邪気な笑顔で、自信作をお披露目する岩崎。アドバイスを送った香月にも、まるで勝利を確信したかのように、ウインクをして寄越した。


 しばしの沈黙の後、塩井が口に手を当てて、ぷっと噴き出した。


 「あっはは、なんだそれ!ね、ネコ?冗談もほどほどにしてくれよ。小学生のお遊びじゃないんだから」


 「なっ…」


 自信作を嘲笑され、岩崎は耳まで真っ赤になった。怒りと羞恥が入り混じった表情で塩井に詰め寄る。


 「なんでやねん、可愛いやろが!そんな言うんやったら、お前の見せてみい。そのアートってもんを!」


 「これだよ」


 「うわ、きも!」


 突き飛ばされたような勢いで、岩崎が後ろに下がった。一体塩井は何を作ったのか。塩井の手元を覗き込んだ香月は、岩崎とまったく同じ言葉を漏らした。


 「うわ、きも」

 

 「キモイとはなんだ、失礼な」


 塩井の手のひらに乗っていたのは、タバコを咥えたカエルの死骸だった。カエルはまだ死んで間もないのか、体は艶やかさを保っていた。だが手足は力なく垂れており、白い腹を見せて裏返っている。そして口に咥えている、というか突っ込まれているタバコ。さっき塩井が吸っていたのはこれか。


 「このタバコ、どうしたんですか」


 ここまで堂々と証拠品を提示されては、追及しないわけにもいかない。


 「その辺に落ちてたやつだが」


 「えっ、落ちてた?先輩が吸ったわけじゃなくて?」


 「馬鹿か君は。私が未成年という立場でありながら喫煙をしているとでも?見ろ、この白い歯と真っ赤な舌を。これが喫煙者の口に見えるか」


 塩井が舌を出して、口の中まで見せてきた。少し長めの赤い舌を垂らす塩井は、同じ高校生とは思えないくらいに色っぽかった。この姿を絵画にすれば、さぞかしいい仕上がりになりそうだ。


 「分かりましたから、口閉じてください」


 「ん。それで判定は?」


 「まずこれが何なのかの説明を求めます。死んだカエルに吸い殻突っ込んだだけじゃないですか」


 「そうやぞ、なんやこの悪趣味なもんは」


 「さっき言ったことを忘れたのか?現代アートは鑑賞者に答えを与えないと。私が何を表現しているのか。その答えは、見る人間の数だけあるのだよ」


 得意げに微笑む塩井。なぜか勝ち誇った顔をしているが、香月の判定はもう決まっていた。


 「勝者、岩崎先輩」


 「馬鹿な!」


 「ほれ見たかボケ!カエルの死体で猫に勝てると思うな!」


 塩井がその場に崩れ落ちた。全力を尽くした勝負で負けたのなら悔しがるのも分かるが、死んだカエルの尊厳を踏みにじっただけだ。悔しがる権利もない。


 「なぜだ香月。なぜ私のアートが理解できない」


 「そもそもカエルどっから持ってきたんですか」


 「花壇の裏に転がってたんだよ。勘違いするなよ。私が殺したわけじゃないぞ」


 「じゃあ先輩のアートって、拾った死体に拾った吸殻突っ込んだだけじゃないですか。ゴミにゴミ引っ付けるのやめてもらえます?」

 

 「芸術なんだよ。なにか感じるものがあるだろう?なにかこう…風刺的なものとか」


 「具体的には」


 「だからそれを説明しちゃうと現代アートじゃなくなるの!」


 本当はこの人、自分でも何やってるか分かってないのではないか。なんとなくの雰囲気に一年間流されてきたが、小難しい言葉ばかりを並べた独自の芸術論を語るだけで、まったく具体性がなかった。


 「ほなこれで、ウチの入部は決定っちゅうことやな」


 「うぅぅぅぅ…」


 塩井は崩れ落ちた姿勢のまま、なかなか立ち上がろうとしない。


 「サッカー部との兼任にはなるけど、できるだけ顔出すようにするわ。あと一年の間に、ウチのセンスで賞でもなんでも獲ったるからな。話題の高校生芸術家ってテレビで取り上げられるんも時間の問題や」


 「無理だね!桜で猫作るような人間には絶対に無理だ!」


 「負け惜しみかいな。見苦しいわあ」


 タイムリミットは今日の放課後。目標は残り1人の勧誘。無理だと思っていたが、廃部を免れる可能性が出てきた。すべては塩井をモデルにした絵を描くため。


 「あと1人、頑張って集めましょうね、先輩方!」


 そう声をかけた時には、すでに岩崎は入部届を出しに職員室へと消えており、塩井はうめき声を上げ続けていた。


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