縛り日和⑦
「先輩、なにを!?」
塩井がポリ袋の中身を、四条に向かってぶちまけた。ほとんどが生ものだ。中には魚の頭や鳥の皮など、べちゃっとしたものも含まれている。まだ食堂からくすねてきたばかりで新鮮なので悪臭はないが、放置しておけばとんでもない事になりそうだ。
四条の動体視力をもってしても、投げつけられた生ごみを避けることは出来なかった。制服が茶色い汁で汚れ、顔にも魚の尻尾が付着している。
「…どういうつもりかな、塩井ちゃん。また縛られたいの?今度は容赦しないよ?」
「悪いが縛られる趣味はないんだ。それより私の部員を返してもらおうか」
「んー?なんで返さないといけないの。岩崎ちゃんは私のなんだよ。見てこの顔、もうすっかり緊縛の虜みたい。このまま緊縛クラブに入れてあげる」
「そんな意味不明な部活に岩崎を取られてたまるか!」
意味不明という部分に関しては、現代アート部も似たり寄ったりではある。
「それにしてもひどいよ。制服がぐちゃぐちゃ。クリーニング代弁償してよね」
「お断りだ。現代アート部に手を出したことを後悔させてやる」
現代アート部部長対緊縛クラブ部長。日陰者の部活の長による決闘が始まった。
「気をつけてください先輩。四条さん、ゆるふわ系の見かけによらず強いです。武闘派ですよ」
「安心しろ。私は空手を習っていたことがある」
「いつの話ですか」
「年少から年中まで」
「一年で辞めてる」
「殴られるのが嫌だったんだ」
塩井の打たれ弱さは香月が誰よりも知っている。少し小突かれただけで、子犬のような悲鳴をあげて、これでもかというくらいの被害者面をするのだ。四条と戦わせるには分が悪い。
「来なー。ギチギチに縛り上げてあげる」
「ずいぶんと余裕のようだが、敵は正面だけじゃないぞ」
「ん?」
「上空にご注意」
塩井が餌付けしたカラスの群れが、ガーガー鳴きながら四条をつつき始めた。
「いたっ、いたたたたた、あっち行ってよ!」
「今の君は生ごみの匂いがぷんぷんする。カラスにとって恰好の的さ」
「卑怯だよ、一対一で正々堂々と勝負して!」
「私の部員を人質に取るほうが卑怯だ」
二人の口論の間にも、カラスの猛攻は続いた。
「香月、今のうちに岩崎を!」
「はい!」
どういうわけか、香月が近づいてもカラスは攻撃してこなかった。四条の近くで縛られている岩崎にも、まったく被害は及んでいない。信じられない話だが、まるで塩井がカラスたちの統率を取っているように思える。
「大丈夫ですか、岩崎先輩!」
「んぅ…なんやねんこれ。ほんま最悪やわ。変態に縛られるわ、香月には騙されるわ」
「ほんと申し訳ありませんでした。二度と岩崎先輩を騙すようなことはしませんから、どうかお許しを!」
平身低頭する香月に岩崎がかけた言葉は、怒りでも叱責でも無かった。
「嘘やって。そんな怒ってへんよ。香月は普段からええ子やし、悪意があったわけちゃうのは分かってる。なんかさっき言うてたやん。グッズがどうとか。それに釣られてやったんやろ?」
さすが岩崎。すべてお見通しだった。
「まったくその通りです。悪気は無かったんです。でも結果的に岩崎先輩を貶めたのは事実。煮るなり焼くなりここから投げ落とすなり、なんでもしてください!」
「だから怒ってへんってば。顔あげや。それにウチを酷い目にあわせたやつは、しっかり罰を受けてるしな。見てみ、あれ」
カラス軍団の猛攻は終了し、そこに残ったのはボロボロになった四条の姿だった。制服はあちこち啄まれており、クリーニングどころの話ではなくなっている。
「どうした、降参か?」
ぼろ雑巾のようになった四条を、勝ち誇った顔で見下ろす塩井。いつも変なことばかりしているが、今回ばかりは役に立った。現代アート部の部長として部員の岩崎のピンチを救ったのだ。少しだけ見直してやってもいいかもしれない。
「くっ…これで勝ったと思わないことだね…。緊縛クラブには私以外にも精鋭がいる。見てるがいいよ、現代アート部。あなたたち全員、縛り上げてあげるからね」
小物の悪役っぽさ全開のセリフを吐き捨て、四条は足を引きずりながら去っていった。
「…ありがとう、塩井。お前に助けられるとは思わへんかったわ」
「気にするな。しかし普段からカラスを餌付けしていたのが、こんなところで役に立つとはな」
塩井が手を振って合図をすると、カラスの群れは一斉にあかね空へと消えていった。やはり意思疎通が出来ているのかもしれない。
「先輩、カラス以外の動物は餌付けしてませんよね?なんか最近、学校の周りでリスとかアライグマが増えてるって聞いたんですけど」
「リスはちょろい。あいつらエサにはすぐ寄ってくるんだ。問題はアライグマで、これがなかなか懐柔するのが難しい。そうだ、香月も協力してくれないか?」
「アライグマの餌付けに?絶対嫌ですけど」
この高校では10年後、弱小クラブとなったテニス部のコートを潰して、動物たちのための自然公園が作られるようになる。それもこれも全部、塩井という一人の生徒が趣味で餌付けをしまくったからだ。だがこの時の香月は、まさか近隣の山々から動物を呼び寄せることになるなど、知る由もなかった。




