縛り日和⑥
悪の女幹部のように不敵に微笑む四条。余ったロープを鞭のようにしならせて床を打っている。
圧倒的反射神経と動体視力のせいで、四条に飛び道具は通じない。かといって直接殴りにいったところで、返り討ちにあうのは目に見えている。縛られたうえに口も封じられた岩崎は、抵抗する気力も無くなった様子で、だらりと脱力していた。
「どう?岩崎ちゃん。そろそろ縛られるの好きになってきたんじゃない?」
「…んん」
力なく首を横に振っているが、四条はなぜかそれを肯定と捉えらたらしい。
「そうだねー、縛られるのって痛いだけじゃないんだよ。自由を奪われたことで体が解放感を求める。暑い日にクーラーの効いた部屋に入った瞬間ってすごい気持ちいでしょ?緊縛からの解放は、まさにあれと同じ。でも快感を得るためには苦痛にも耐えないといけない。普通は辛いその時間さえも、だんだん気持ちよくなってくるんだってー」
独自の理論を振りかざす四条。どう見ても岩崎が喜んでいるようには見えないが、四条の脳内では都合よく変換されているのだろう。
「岩崎先輩、耐えてください!今なんとかしますから、悪の手に落ちないでください!」
「悪って。一応これでも上級生なんだけどな」
「上級生である以前に、あなたは敵です。四条さん!」
「ならどうする?私を倒す?んー、出来るならやってみればいいよ」
余裕しゃくしゃくの笑みが鼻につく。緊縛クラブなどというふざけた部活のリーダーなんかに負けたくない。現代アート部が言えた立場ではないが、少なくとも塩井は人を故意に傷つけることはしない。結果的に他人を巻き込んで多大な迷惑をかけることはあっても。
香月と四条がにらみ合っていると、屋上へ続く階段の扉が開いた。それを合図に、夕焼け空が黒く染まった。いや、違う。大量のカラスが屋上へと集まってきたのだ。
「な、なにこのカラス!?」
「うわー、なんかきもちわるー」
空を見上げた四条の感想を咎めたのは、緊縛クラブに並ぶわが校の異分子、現代アート部の部長、塩井だった。
「気持ち悪いとは失礼な。四条、君にはカラスの美しさが理解できないのか?」
「先輩、なんでここに。っていうか、それ何持ってるんですか」
塩井は両手に黒いポリ袋を抱えていた。
「カラスたちのエサだよ。食堂で使った食材の余りものさ。捨てられてたのをちょいと頂いてきた」
ポリ袋から塩井が取り出したのは、パンの欠片や野菜の切れ端など。それを塩井が屋上の隅に放り投げると、カラスたちが一斉に群がり、エサを啄み始めた。
「カラスという生き物は賢い。一度餌付けすると、エサを持ってきた人間の顔まで覚えるんだ。だから私が屋上に来た瞬間、カラスたちがこっちに集まってきただろう?」
「なんでカラス餌付けしてるんですか」
「私はカラスが好きなんだよ。余すところなく全身真っ黒。神がカラスを作ろうとしたとき、他の色のインクが見当たらなかったんだろう。その手抜きみたいな配色が逆に美しいじゃないか」
「カラスが好きな理由を聞いてるんじゃなくて、なぜ餌付けをしているかと聞いてるんです」
「理由だと?」
塩井はふんと鼻を鳴らした。
「そんなの見れば分かるだろう。茜色の空を埋め尽くす漆黒の影。これぞ自然の芸術だ。キャンバスの上では表せない美しさがここにはあるんだよ。この光景を見たいがために、私は三か月かけて餌付けをした」
そういえば最近、校庭にカラスの羽が落ちているのをよく見かけるようになった。あれも塩井の仕業だったとは。
「ところで君たちこそ何をやってる。見たところ岩崎が縛られているが、これは四条との合意の上か?」
「いいえ、違います。この人が無理やり岩崎先輩を緊縛したんです」
「それは語弊があるんじゃない?香月ちゃんも共犯だよ」
「うっ…」
「ふむ、なにか事情はよく分からんが、部員が苦しめられているのを黙って見過ごすわけにはいかないな」
塩井がサンタクロースのように、黒いポリ袋を背中に背負った。




