縛り日和⑤
後輩の裏切りにあった岩崎が、いつもの圧の強い関西弁で怒鳴ってくれたらどれだけ良かっただろうか。香月は岩崎からの叱責をどこか期待していた。
しかし岩崎はか細い声で、ぽつりと呟いただけだった。
「おもんないわ、そういうの」
関西人が言う『おもんない』という言葉は、最も強い非難の意味を持つと聞いたことがある。つまり香月は今、岩崎から最上級の怒りをぶつけられている。裏切りの代償はあまりに大きかった。
「ご、ごめんなさい、岩崎先輩。今解きますからね!」
「おっと、ダメだよ香月ちゃん。お楽しみはこれからなんだから」
もう悪役全開の四条が、岩崎を縛ったロープに力を込めた。
「ぅぁっ…痛いねんボケ!」
「その痛みが癖になるって人、意外と多いんだよー」
「そういうのは特殊な性癖のやつ同士でやっとけや!ウチを巻き込むな!」
「いないんだよ。縛られたい人がこの高校には。とても困ったことにね」
「普通はおらんねん。お前がおかしいだけや!」
「もー、うるさいな。ちょっと大人しくしててよ」
四条が新しいロープを取り出し、猿ぐつわのようにして岩崎の口を封じた。
「んん!んー!」
もうやり口が誘拐犯のそれだ。警察に通報すれば、事件として立件できるだろう。
「やめてください!これ以上は本当にダメですよ!」
「これも香月ちゃんの協力があったからこそだよ」
「もうグッズもいりません。だから岩崎先輩を解放してください!」
放課後の屋上で繰り広げられる切迫したやり取りに、周りの吹奏楽部たちがざわつき始めた。演奏は止まり、全員の視線が縛られた岩崎、そして対峙する香月と四条に向けられた。
「ダメダメ。岩崎ちゃんをせっかく手に入れたんだから、たっぷりたのしませてもらうよ。ああ大丈夫、怖がらないで。痛い事はしないから」
「んんんー!」
既にやっとるやろが、という岩崎の声が聞こえてきた気がした。
こうなったのも自分の責任だ。なんとかして岩崎を救出しなくては。
香月はスケッチのために持っていた筆を四条に向かって投げつけた。あくまで狙いは四条の動きを一瞬止めることなので、顔は狙わない。筆に気を取られている隙に、岩崎を助けるという作戦だった。
だが、飛んできた筆を四条は片手でキャッチした。人を縛るという行為には力と俊敏性だけでなく、高い動体視力も伴うのか。緊縛クラブ部長はただ者ではない。
「危ないなー。人に向かってものを投げたらダメでしょ?」
「くそっ、どうすれば…」
さながらバトル漫画の主人公と悪役。そして囚われのヒロイン。3人が繰り広げる戦いに、ぞろぞろとオーディエンスが集まってきた。




