縛り日和③
「実は、岩崎先輩に絵のモデルになってほしくて」
考える時間がろくに与えられなかったので、咄嗟に出た嘘がそれだった。塩井が聞けば裏切り者などと糾弾されるに違いないが、幸いにも彼女は不在だ。
「え、ウチがモデル?」
「はい。ダメですか?」
「あかんことはないけど、なんでウチなん。もっと可愛い子よーさんおるやん」
口ではそう言いながらも、モデルに選ばれたことが嬉しいのを隠せないのが声からも伝わってくる。塩井と喧嘩ばかりしているせいで忘れていたが、中性的な見た目のわりに乙女なところもある人なのだ。
「岩崎先輩がいいんです。カッコいいし可愛いし。今年入った新入生の間でもすごい人気なんですよ」
岩崎の非公式ファンクラブ的なものは以前からあったが、新入生の加入者が過去最高を記録したと噂で聞いた。過去最高といっても、岩崎が二年生の時に設立されたので、比較対象が去年のデータしかないが。
「そこまで言うんやったらええよ。ここでポーズ取ったらええん?」
「あ、せっかくならロケーションにも拘りたくて。できれば屋上まで来てもらえますか?」
「屋上かいな。今日風強いし、描きにくいんちゃうん?」
「だ、大丈夫です。行きましょう」
絵を描くつもりなど毛頭ないが、岩崎に疑われないために画材道具を抱えて屋上に向かった。
日中は施錠されており、生徒の立ち入りが禁止されている屋上だが放課後は解放されている。ただし主に吹奏楽部が練習場所として使うためであり、用のない生徒は近づかないようにと言われていた。当然ながら、人を縛るためという用途での使用など認められるはずもない。
「久々に屋上きたけど、結構見晴らしええなあ。向こうの山まで見えるやん。あっ、ウチの家あそこやで。見える?」
「あのオレンジ色のマンションですか。あそこ私の友達も住んでます」
「ちゃうよ。そっちやなくて、隣にある一軒家」
「え、なにあの家でかっ。岩崎先輩って、もしかしてお金持ち?」
「別にお金持ちやあらへんよ」
「月のお小遣いっていくらですか」
「分からん」
「分からん?」
「親のカード勝手に使わせてもらってるから、欲しいもんあったらそれで買ってる」
岩崎を騙すことに感じていた引け目がいくらか吹き飛んだ。苦労を知らない温室育ちめ。少々お灸を据えてやらないといけない。




