縛り日和①
「はあ…しんど…」
教室で机に突っ伏している香月を、橘が揺さぶる。
「次、移動教室だよ」
「運んで」
「香月より小さい私がどうやって」
「あるじゃん、台車とか。それに乗せてくれればいいから」
「階段とかどうすんの。変なこと言ってないで、早く起きなって」
いくら橘の小さい手で引っ張られても、どうにも動く気にならない。
「なんで今日そんなテンション低いの?」
「推しキャラの限定グッズが買えなくてさ。数量限定でネット販売だけのやつだから、注文も早い者勝ちだったんだよ。競争率が高いのは分かってるから、販売開始の時間までずっと画面の前で待機してたんだ。で、時間になって注文しようとしたら、一瞬で完売。負けたよ。私は競争に破れた負け犬」
理由を聞いた橘は、心配して損したと言いたげに肩をすくめた。これがどれほど深刻なことか理解していないようだ。
放課後になってもショックは癒えず、重たい足取りで部室へ向かう香月。気分が沈んでいる時にあまり会いたくない相手が、よりによってこのタイミングで現れた。
「あれー、香月ちゃん。浮かない顔だねえ。彼氏に振られたー?お姉さんが慰めてあげようか」
「うわ、四条先輩…」
緊縛クラブ部長の四条が、ロープを弄びながら声をかけてきた。
「なにさー、その嫌そうな顔。そんなに嫌われることしたかなあ」
しいて言うなら塩井を縛り上げて辱めたことだが、別にそれが理由で四条を嫌っているわけではない。ただ、メンタルが不安定な状態で関わりたくない相手なので、どうにか適当にやり過ごそう。
「なんでもないですよ。振られてもないです」
「じゃあ塩井ちゃんに変なことされたとか?」
「それはいつものことです」
「私は緊縛マニアである以前に香月ちゃんの先輩なんだから、悩みがあるなら相談してよ」
この学校にはろくな先輩がいない。塩井といい四条といい、相談相手には相応しくない人ばかりだ。そもそも推しのグッズが買えなくて落ち込んでいるなど、そんな悩みを打ち明けたところでどうにかしてくれるわけもない。
「お気持ちだけで結構です」
「ふーん、そっか。あ、じゃあ私のほうからも相談があるんだけど」
嫌だ。絶対に聞きたくない。
「すいません、用事がありますので」
「まーまー、逃げなさんなって」
間延びした喋りからは想像もつかない俊敏な動きで、四条が香月の後ろに回り込み、手首を拘束した。
「ちょ、放してください!」
さすが緊縛クラブ。抵抗する間もなく、腕の自由を封じられてしまった。
「私の相談なんだけどー」
「話続けないでくれます?」
「そっちの部活に岩崎ちゃんっているでしょ。あのボーイッシュで可愛い子。実は岩崎ちゃんの事も気になっててね」
塩井だけでは飽きたらず、今度は岩崎に手を出すつもりか。
「縛り甲斐がありそうだなって」
「岩崎先輩は強いですよ。縛るなんて無理ですから!」
「だからー、香月ちゃんに協力してほしいんだよね」
手首にかかるロープの圧が強まった。口調こそ穏やかだが、有無を言わせず協力させるつもりだ。




