表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
35/44

猫と袋⑤

 興奮で震える深川が背後にいるのも気づかず、塩井は野良猫ににゃんにゃんと話しかけていた。わが校の生徒会長は、そんな塩井を見て今にもよだれを垂らしそうな顔をしている。このまま深川を近づけていいものかと迷ったが、別に止める理由もないのでそっとしておいた。


 「塩井さん」


 「んにゃ、深川か」


 「なんですか、その恰好は」


 「見ての通り猫だが」


 それが説明になっていると本気で思っていそうな言い方だ。

 

 文化祭でもない平日に校内でコスプレをすることは、おそらく服装規定に引っかかる。それを咎めるつもりなのかと思ったが、深川の口から飛び出したのは小言ではなかった。


 「触っていいですか」


 「なにをだ」


 「耳」


 「…好きにすればいいが」


 深川は震える指で、塩井の猫耳を摘まんだ。


 「柔らかい。まるで食パンのような感触」


 神経は通っていないはずなのに、猫耳を触られた塩井はなぜかくすぐったそうにしている。アートの一部になろうとするがあまり、体が猫に近づいているのだろうか。あり得ない話だが、塩井という人間に常識は通用しない。


 「あれなにやってんの?」


 「ちょっと分かんないですね」


 深川と塩井による謎の触れあいに、岩崎も困惑するばかりだ。


 「猫耳少女というものは、往々にして耳や尻尾が弱点という設定があります。よくあるシチュエーションですが、尻尾を撫でられて艶めかしい声をあげながら身もだえするような…。そういうのはないんですか」

 

 深川はエロ漫画の読み過ぎでおかしくなっている。


 「は?君は何を言っている」


 塩井の反応が、香月の心の声と一致した。


 「私が昔読んだ漫画では、そのようなシーンが何度かありました。ラッキースケベというのでしょうか。主人公の男の子が意図せずして猫耳少女の弱点に触れてしまい、そのまま濃密な接触に…」


 「なあ、マジで何言うてんの」


 深川の本性を知るのは香月だけだ。それ以外の人間からすれば、普段は真面目で堅物の生徒会長が、突然狂ったようにしか思えない。いや、本性を知ったうえで聞いても理解に苦しむが。


 深川は塩井の尻尾を撫で始めた。針金で固定された手作り感満載の尻尾を、愛おしそうに触っている。


 「んっ…」


 「ほんであいつもおかしいやろ。なんで尻尾触られて反応してんねん」


 塩井はすっかり猫と同化しているようだ。自らのアートに入り込み過ぎると、ああなってしまうのか。


 「ああ、素晴らしい。まさに夢にまで見た光景ですよ、これは。塩井さん、あなたもこれが目的で猫のコスプレを?」


 「そんなわけないだろ!放せ、この…あっ…」


 「いやだからおかしいねんて!なんで神経繋がっとんねん!」


 岩崎が二人まとめて叩いた。


 「にゃん!」


 「痛い!」


 塩井はともかく、生徒会長にも容赦がない。結構な勢いで叩いたらしく、深川の眼鏡がはじけ飛んだ。


 「ええからはよ片付けてこんかい。ウチら部員を巻き込むなよ。全部お前一人でやったことなんやからな」

 

 「香月、手伝ってくれないか。この量を私一人じゃ日が暮れる」

 

 「知りませんよ。責任もって処理してください」


 「この前パンを奢ってやっただろ」


 「パン一つの労働量じゃないですもん。校外にビニール袋が飛んでいく前に、ちゃんと全部回収してくださいね。会長に手伝ってもらえばいいんじゃないですか」


 深川はさっきまでの興奮が嘘のように、いつもの無表情に戻っていた。


 「私は満足したので、これにて」


 きっと今のを漫画のネタにするつもりだ。手元に残る感覚が新鮮なうちに、下書きだけでも済ませたいのだろう。


 「待て、触るだけ触ってあとは放置か!君みたいなのがいるから捨て猫が増えるんだぞ。無責任な飼い主による飼育放棄は由々しき問題だ!」


 一人で片付けるのが嫌な塩井は、社会問題に切り込んで深川を止めようとした。その叫びも空しく、深川は生徒会室へと足早に戻っていってしまった。

 

 「はい先輩。観念してください。全部拾って」


 「にゃあ…」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ