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猫と袋②

 春の夜風はまだ冷たい。あと2か月もすれば、夜になってもジメジメした日々が続くだろうが、この時期は過ごしやすくて助かる。夏は嫌いだ。徐々に気温が上がってくる季節になると、毎年憂鬱になってしまう。


 気持ちのいい風を浴びながら、塩井からもらった食べかけのパンを完食した。

 

 「ごちそうさまでした」


 塩井は2個目のパンを半分ほど食べたところで、口をもごもごさせながら、「ん」と短く返事をしてきた。


 「それにしても現代アート部、部員が増えませんね」


 「タイムリミットはまだ先とはいえ、うかうかしてたらまた廃部の危機だぞ。私だって大学進学の準備で忙しくなるだろうし、香月には頑張ってもらわないと」


 「頑張るって言ってもねえ…。あ、先輩、猫ちゃんがいますよ」


 「どこ?」

 

 「ほら、あそこに」


 街灯の下で、白い光を浴びた野良猫がもぞもぞと動いていた。


 「猫って自由でいいですよね。私も来世は猫に生まれたいな」


 「私は嫌だね。来世も人間がいい」


 「先輩ってちょっと猫っぽいところありますけどね。あ、野良猫じゃなくて、高級なやつね。お金持ちの家にいるタイプの」


 つん、としてお高くとまっている感じが、どことなく猫っぽい。それに自由気ままな行動や、慣れない相手には警戒して距離を取るところなど、結構猫との共通点が多い。


 「香月は犬っぽいな。なんだかんだで私に忠実だし、尻尾を振って付いてきているようなイメージだ」


 「それは先輩との契約があるからです。何も無ければ関わりませんよ、あなたみたいな人」

 

 「言ってくれるじゃないか。お、猫がこっちに来るぞ」


 「おいでおいでー。…ん?なんか動きが変じゃありません?」


 四本の前足で歩いているにはしては、足取りが覚束ない。歩くというより、転がっているような動きだ。香月は目を凝らして、こちらへやってくる猫を見た。


 「先輩、あれ猫じゃない。ビニール袋ですよ」

 「なんだと?」

 

 「ほらよく見てください。ちょうどそれっぽい形に膨らんでたので猫に見えてただけですよ」


 猫とビニール袋を見間違えた、という声は決して珍しくない。香月の周りでも同じことを言っている人がいたし、ネットでもそのような投稿を見かけたことがある。だが自分はまさか見間違えないだろうという自信があったのだが、いざ目にしてみると案外分からないものだ。


 「騙されましたね」


 「電柱の下という、絶妙に野良猫がいそうなロケーション。光の当たり具合。ビニール袋の膨らみ方。全部が合わさって野良猫に見えていたというわけか。まあ香月の目は欺けたかもしれんが、私は最初から正体を見抜いていたがな」


 「嘘ですね。その証拠に先輩、パンの残りかすを餌にしようと思ってたでしょ」


 袋の底に溜まった残りかすと、齧った時に膝に落ちたパンの欠片を手のひらに乗せ、塩井は猫をおびき寄せる準備をしていた。


 「思い切り騙されてるじゃないですか」


 都合が悪いと塩井は黙り込む。反論が思いつけば嬉々として喋りだすが、何も思いつかなかったらしく、塩井はゆっくりと立ち上がった。


 「もう遅い時間だし私は帰る。明後日、また学校で」


 「はーい」


 塩井が去った後、彼女の体温が残るベンチに、今度は本物の野良猫がやってきた。


 「わ、かわいい。でもごめん、食べ物持ってないんだ」


 塩井が座っていた場所で丸まる野良猫。その写真を撮って塩井に送信したのがいけなかったのかもしれない。週明けになって、また塩井が変なことを言い出すきっかけを作ってしまったのだ。


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