猫と袋①
金曜の夜は、胃袋が異常に活発になる。どうせ明日は休みなのだから、今夜は夜更かししようと、脳みそが信号を送っているせいだ。腹が減っては夜更かしはできない。長い夜をともに過ごすための食料が必要だ。
時刻は23時15分。1人で出歩くには遅すぎる時間だが、最寄りのコンビニに行くくらいなら問題ない。コンビニは家を出てすぐの角。買い物の時間を含めても、往復5分もかからない。
深夜のコンビニは好きだ。昼間と違い、やる気のない店員が1人、レジにぽつんと立っている。いらっしゃいませの一言もなく、暇な時間の来客を面倒がっているのが見て取れた。
店内の客は香月だけ。もう一人の店員が、緩慢な動作で品出しをしていた。パンコーナーはガラガラで、売れ残りの総菜パンが少しと、新発売のやたら高い商品だけが並んでいた。パン一つで300円近くは高すぎる。誰がこんなもの買うのだろうか。
そのパンはチョコミント風味で、中にはクリームたっぷり。カロリーの塊のようなパンだ。見た目のインパクト重視らしく、水色の着色がされた表面に、点々とラズベリーが埋め込まれているが、発疹が出た人間の肌みたいで気持ち悪い。なぜこれが売れると思ったのだろう。
そういえば以前、チョコミントについて岩崎が言っていた。あれは歯磨き粉の味だ、と。
チョコミント好きの橘は異議を唱えたが、岩崎の圧に気圧されて、肯定派の意見は封殺された。
このパン、橘に買っていってやろうかな、と考えたが、やはり300円の壁は高かった。こんな気持の悪いビジュアルを有り難がるのは、塩井くらいのものだろう。
「香月じゃないか。君もこのパンを買いに?」
パンコーナーを後にしようとした瞬間、後ろからなじみのある声が聞こえてきた。
「えっ、先輩?なんでこんなところに」
ちょうど塩井のことを考えていたタイミングだったので、驚いた。
「私の目的はこれさ。新発売のパンの情報をネットで見たんだが、芸術的な見た目に心を奪われてね。近くのコンビニを探したが、どこにも置いていなかったんだ。それで深夜の散歩がてら、少し離れたここの店舗まで来たわけさ」
深夜の散歩。塩井にそんな趣味がある事は初めて知った。
「置いてないのって、どうせ売れないからじゃないですか?だって見た目グロイし。商品開発の人が、先輩みたいなセンスの人だったんんだと思いますよ」
「この会社の本部には同志がいるようだな」
高い値段にも臆さず、塩井はチョコミント風味の気持ち悪いパンを2個取って、レジに持って行った。やる気のない店員もまさか売れるとは思わなかったらしく、信じられないという表情でレジ打ちを始めた。
「せっかくだから、少し話していかないか?コーヒーを奢ってやる」
「あざす」
外の喫煙所の隣にあるベンチに腰かけ、電気の消えた住宅街を見ながらプルタブを開けた。
普段部室にいる時と違い、ラフな格好の塩井は、どこか表情もリラックスしている。男子生徒たちがクールビューティーともてはやす美しさは健在だが、コンビニから漏れる光を受けてパンを齧る塩井には、年相応のあどけなさが残っている。
グロテスクなパンを頬張る塩井に、スマホのカメラを向けた。
「なんだ。撮るなら私じゃなくてパンを撮れ。期間限定だし、いつなくなるか分からないんだぞ」
「美味しいんですか、それ」
「ああ、美味い。岩崎にも食わせてやりたいよ。チョコミントへの当たりもちょっとは弱くなるだろう」
「二つ買ったのって、もう一つは岩崎先輩の分ですか」
てっきりもう一つは自分に買ってくれたものだと思っていたが、袋から取り出す気配は一切ない。
「いや、どっちも私のだが」
「一つ下さいよ」
「見た目がグロイとか言ってただろ」
「そんなに美味しいなら食べてみたいです」
「ふむ、仕方がない」
塩井は食べかけのパンを差し出してきた。そして2個目の包装を開けて、もぐもぐと食べ始めた。
「新しいほうくれるんじゃ…」
「もらっておいて文句を言うな」
半分以上塩井に食べられたあとのパンを齧る。確かに見た目のわりに美味しい。ホイップクリームが多すぎる気もするが、苦いコーヒーとの相性はバッチリだった。




