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白い卵

 新年度から始まってから約1か月、現代アート部に新入部員が増える気配は無かった。勧誘活動の時期はとっくに過ぎ、部室に集まるのは毎日同じ顔ぶれ。岩崎はサッカー部との兼任なので、顔を出すのは週に2回程度。業を煮やした塩井が、そろそろ文句を言いだす頃だ。


 「一体どうなってる」


 ほら始まった。


 「香月、君は本当に私との約束を果たす気があるのか?」


 「しょうがないじゃないですか。活動らしい活動もしてませんし、誰も入りたいと思いませんよ。こんな意味不明な部活」


 4月の間に塩井がやったことといえば、自らが死体となって色んな死にざまを披露する不謹慎なアートをはじめ、命の終わりを表現した作品がほとんどだった。車に轢かれて潰れていたカラスの死体を持ち込んできた時は、さすがに止めた。部室に悪臭を振りまかれてはたまらない。


 「春は出会いの季節、始まりの季節ですよ。なんで終わりの方向ばっかりでいくんですか」

 

 「アートは食べ物じゃないんだ。季節性とかそういうのに囚われてはいけない。そんな考えじゃ、香月もまだまだ甘いな」


 「ていうか見た目がグロいのが多いんですよ。もっとSNS映えとか意識したらどうですか?」

 

 「はっ、SNSぅ?」


 塩井が眉を吊り上げ、鼻で笑った。


 「そんなチャラついたものに私のアートが流されてたまるか。もっと深いレベルで考えないとダメだ。これだから素人は」


 「あ、あの…」


 趣味のトリックアート制作に精を出していた橘が、おずおずと手を上げる。


 「なんだ橘。いいアイデアでも浮かんだか」


 「いえ、さっきから気になってたんですけど、塩井部長の持ってるそれ、なんですか」


 部室に入ってきた時から、塩井は手の中に何か白いものを持っていた。それを右手から左手へ、ボールのように投げて弄んでいる。


 「卵だが」


 卵にしては形が歪だ。全然丸くない。具材がパンパンに詰まった餃子みたいな形をしている。

 

 「ちょっと先輩、それ見せてください」


 香月はその物体を受け取り、手のひらに乗せて観察した。


 「…先輩、これなんの卵なんですか」


 「答えは間もなく分かるさ。お、さっそくお出ましだ」


 手首に何かもぞもぞした感触が走った。


 「ひっ…ぎゃあああ!」

 

 「ど、どうしたの香月」


 「キモイ!なんか出てきた!」


 卵が割れ、中から無数の白い小さな生き物が溢れて出てきた。それらが香月の手首を伝い、制服の袖の中に侵入してくる。


 「橘、パス!」


 「げっ、こっち投げてこないで!」


 卵が宙を舞い、白い生き物たちが地面にふわりと落ちた。


 「先輩、なんですかこれ⁉」 


 「カマキリの卵だよ。さっきそこで拾った。そろそろ孵化するタイミングなので、ちょうどいいと思ってな」


 「なにがちょうどいいんですか!」

 

 この小さな卵の中に詰まっていたとは思えないほど、大量のカマキリの赤ちゃんが這い出てくる。気持ち悪いなんてものじゃない。ブラウスを脱ぎ、付着したカマキリを全力で振り落とす。


 「部室で脱ぐなよ、はしたない」


 「取ってください!なんかまだ背中にいる気がする!」


 「カマキリくらいで騒がなくていいじゃないか。春ははじまりの季節と言ったのは君だぞ。新たな命の誕生を祝おう」


 ダメだ、もう部室に逃げ場はない。一度解放されたカマキリたちは、右も左も分からないまま部室の床を歩き回っている。


 香月の悲鳴が廊下まで響き渡り、ちょうどそれを聞きつけた岩崎が飛んできた。


 「なんや香月、塩井に襲われたか!」


 「違います、カマキリです!でも間接的に先輩に襲われたといっても間違いじゃありません!」


 「カマキリ?」


 「そこ!岩崎先輩の足元にうじゃうじゃいます!」


 「やあ岩崎。君も命の誕生を祝福しに来たのか」


 「なんやこれ、きもっ」


 岩崎が上履きで卵を踏みつけた。


 「な、なんてことを。見た目が不愉快だから殺すなんて、人間はそんなに偉いのか。エゴの塊め」


 「いや部室で孵化さすなや。この前カラスの死体持ち込んで香月に怒られたばっかりやろ。なんで不衛生なことばっかりすんねん」


 廊下に避難した香月と橘は、岩崎の発言にこくこくと頷いた。


 「掃除機借りてくるわ。その間にこいつ説教しといて」


 「分かりました。先輩、そこに座ってください」


 座れと指定した場所は、今しがた岩崎によって踏みつぶされたカマキリが広がった床だった。


 「椅子じゃダメなのか」


 「いいから座ってください」


 「え、なんかやだ」


 「先輩はキモイと思ってないんでしょ」


 「潰れたらちょっとキモイ」


 「それこそエゴですよ。はい座って」


 「スカートが汚れる」


 「うるさい、座れ」


 一年経って分かってきた。塩井は打たれ弱いので、強めに出られるとしおらしくなる。


 「クリーニング出したばっかりなのに…」


 自らが連れ込んだカマキリの死体で綺麗なスカートを汚した塩井は、捨てられた子犬みたいな顔で香月を見上げた。深川が見たら興奮で卒倒しそうな表情だが、さすがに今回は同情できなかった。


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