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部長殺人事件⑬

 「会長は絵本作家になりたかったんじゃないんですか」


 「かつての私はそうでしたが、塩井さんと出会ってから変わりました。今の私が目指すのは、絵本作家ではなくエロ漫画家です」


 ちょっと発音は似ているが、その二つは対極にあるような存在だ。


 かたや子供に夢を与える絵本作家。かたや大人に悦びを与えるエロ漫画家。ファンシーな動物キャラを描いていた頃の深川は、どこへ行ってしまったのだ。


 「塩井さんをもっと描きたい。描いても描いても足りません。でも今の私じゃ、彼女の魅力を紙に閉じ込めることは出来ない。私は卒業までに、塩井さんをモデルにした漫画を描き上げたいんです。そして漫画家としてデビューするのが、私の目標です」

 

 漫画家になりたいという夢を持つ高校生は珍しくない。ヒット作を出せば億万長者も夢ではないし、漫画は日本のポップカルチャーを支える柱だ。志すこと自体は、何も悪くない。むしろ応援してしかるべきなのだが…。


 「その漫画って、うちの先輩が主人公のエロいやつなんですよね」

  

 「無論、その通りです」


 「本人に許可は得てるんですか」


 「え、得られるわけないじゃないですか。やばいことしてる自覚はあるんですから!」


 深川が自分の行いについて、異常性を認めていることだけが救いだ。同級生を勝手に主人公にして、あろうことかその作品を世に送り出そうとしている。何らかの法律に抵触するのではないだろうか。


 「よくその感じで、今まで先輩と普通に接してきましたね」


 「…ほんとは先月、塩井さんが壁に絵具入りコーヒーをぶちまけた時、嬉しかったんです」


 あの時は心底迷惑そうな顔をしていたではないか。張替費用を払えと、その後何度もせっつかれている。そういえばまだ、塩井は請求書に目を通していないらしい。


 「塩井さんが、生徒会室にアートを作ってくれたんですよ。嬉しいに決まってるじゃないですか!」


 「壁にコーヒーぶちまけただけですよね」


 その壁は張替作業が完了し、すっかり綺麗になっていた。


 「古い壁紙は、私が持って帰って家で保管しています。塩井さんのアートがしみ込んだそれは、鼻を近づけると彼女の臭いがしてくるんです」


 「それ多分コーヒーと絵具の臭いですよ。あの人いつも変な塗料とか使ってるから、妙な臭いがするんです」


 誰もが認める美少女からは、ケミカルな香りが漂う日もあれば、火を使ったアートを作っていた時は煙臭さを纏っている。あまり塩井からいいにおいがしたことは無かった。


 「羨ましいですよ、香月さんが。だって毎日塩井さんと一緒にいられるんでしょう。穴が開くほど見つめても、後輩だから許されるなんて」


 「そんなに先輩のこと見てたいなら、現代アート部に入れば良かったのに」


 「いえ、それは心臓がもたないのでやめておきます。それよりも香月さん。あなたに協力頂きたいことがあるのですが」

 

 嫌な予感しかしないので、断る準備だけはしておこう。


 深川がファイルから一枚の絵を取り出した。そこに描かれていたのは、一糸まとわぬ裸体を、ビニールのラップでぐるぐる巻きにされている塩井のイラストだった。


 「これは私の数ある性癖の一つ、ラップ巻きです。ぜひこのシチュエーションを実現すべく、香月さんにはお力添えを…」


 「失礼しましたー」


 「あ、待って。行かないで!」


 わが校の生徒会室は魔境だ。緊縛アーティストにエロイラストレーター。他にもどんな魔物が潜んでいるか分からない。金輪際近づかないようにしよう。


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