部長殺人事件⑫
堅物な生徒会長から出るはずのない単語が飛び出した。いや、信じられない。聞き間違いだろうかと思い、香月はもう一度聞き直した。
「会長、今なんて?」
「エロいから描いたんです」
聞き間違いではなかった。
「縛られている塩井さんを目の前にして、どれだけ私が興奮を抑えるのに必死だったか。香月さんに分かりますか?」
「いえ知りませんし、そこまで聞いてないです」
「四条さんには感謝してもしきれません。あんな極上の景色を見せてくれたんですから。昨日は生徒会長という立場上、いかがわしい行為を止めなくてはいけませんでしたが、本当は止めたくなんてなかった。むしろもっと激しくやってほしかったと、切に思います」
全校集会の演説では、淡々と落ち着いた声で話す深川がヒートアップしている。声は時折上ずり、息が荒くなっていた。早口になっても噛まないのは、喋り慣れているからだろうか。
「会長って、そんなに先輩のことが好きだったんですか。冷たい態度を取ってるから、てっきり嫌いなのかと」
「私は同性愛者ではありませんし、塩井さんを恋愛対象としては見ていません。彼女はあくまで、性的コンテンツです」
最悪の言葉選びだ。いつもの演説の台本は、きっと生徒会の誰かが代わりに書いているのだろう。この人のワードセンスに任せると、ろくな内容にならない。
「香月さんだって同じ穴の狢でしょう」
「なんのことですか!」
「昨日言ってたじゃないですか。塩井さんに絵のモデルになってもらう契約をしていると。現代アート部の部員集めに貢献すれば、塩井さんを好き放題できると。羨ましい」
「変な誤解を生む言い方やめてください。あくまで絵のモデルとしての話ですから」
深川は一体、香月と塩井の関係をなんだと思っているのか。正しく認識されていないことだけは確かだ。
深川は頬を紅潮させながら、ポケットからスマホを取り出した。
「香月さん、連絡先を交換しましょう」
「え、なんか今の流れで交換するのは嫌です」
深川の本性が露呈する前なら、生徒会長と個人的に繋がりがあると自慢できていただろう。全校の前で堂々と振舞う深川のことを、尊敬の眼差しで見ている生徒は多い。必要以上に群れず、生徒会の仕事と勉学をこなす勤勉さと、メガネの奥にのぞく鋭い視線。そんな彼女に好意を持つ生徒も少なくないという。
だが今の深川は、ただのエロイラストレーターだ。尊敬できる部分など一つもない。
「別にこちらから連絡はしませんよ。昨日香月さんが撮った写真を送ってほしいだけですから」
「先輩の緊縛写真ですか」
「送ってください」
「ダメです」
深川は財布から千円札を一枚抜き出して、渡してきた。
「これでどうですか」
「いやいや、こういうのはダメですって!」
千円がもう二枚増えた。
「値段の問題じゃなくて!」
「どうすれば送ってもらえるんです。そうだ、先生に口をきいて、香月さんの内申点を上げてもらう事も可能ですが」
それはちょっと魅力的だが、やはりこの人に写真は渡せない。
かたくなに首を縦に振らない香月に、深川もようやく諦めたらしい。力づくでスマホを奪われたらどうしようという心配は、杞憂に終わった。
「それにしても会長、写真もなしでよくあそこまで描けましたね。先輩の特徴、完璧に捉えてるじゃないですか」
「それはもう、一年生の時から目に焼き付けてきましたから」
その鋭い目は、学校の風紀を守る監視の目ではなく、塩井を見るためのものだったのか。生徒会長へのイメージが、ものの数分で音を立てて崩れていった。




