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部長殺人事件⑪

 「会長、この絵って…」


 「返して!」


 香月の手から紙をひったくり、深川は顔を俯けた。


 「今見たものはすべて忘れてください。いいですね」


 そう言われても、その絵は香月の網膜にしっかり焼き付いてしまった。


 中身はともかく、容姿は秀でている塩井という女。クールビューティなどともてはやされている一方、男子からすれば手が届かない高嶺の花。そんな塩井を漫画風にデフォルメしたイラストが、なぜか深川の机から出てきたのだ。


 「香月さん。返事をしてください。すべて忘れてくださいと言いました。なぜ黙っているんですか」

 

 「忘れろと言われてましても」


 「生徒会長の名において命じます。忘れてください」


 そんな王様みたいな事を言われても困る。これが単なる塩井の写真だったり、人物画だったなら、そこまでのインパクトはなかっただろう。なにが香月に衝撃を与えたのか。その理由は、描かれた塩井の姿にあった。


 「それ、昨日の先輩ですよね…?」


 「うっ」


 緊縛クラブの四条によって、ロープで縛り上げられた塩井。死体アートを上書きされた屈辱と、動けないのをいいことに体を弄ばれる二重の屈辱に耐える表情。塩井の肌に食い込んだロープ。それらがすべて、イラスト風に再現されていた。


 「会長、その絵は一体なんですか」


 別に怒っているわけではないが、詰問するような口調になってしまった。深川は追い詰められた犯人のように、天を仰いでから椅子に沈み込んだ。

 

 「どうやらすべてを話さないといけないようですね」


 「あ、いえ。この絵についてだけ説明してもらえれば」


 「あれは私が小学生の頃」


 止める間もなく、深川が回想に入ってしまった。しかも結構遡る。緊縛された塩井のイラストを描いているだけで、そこまで説明が必要なのだろうか。


 「私はお母さんから買ってもらった絵本が気に入り、ページが擦り切れるまで何度も読みました。それは可愛い動物たちが出てくる物語で、主人公はクマの男の子でした。その絵本はとても温かみのある画風で、動物たちの暮らす世界が丁寧に描かれていました。ページの隅から隅まで、何が描かれていたか今でも思い出せますよ。そして私は決めたのです。将来は絵本作家になる。自分もこんな素敵な絵本を作りたい、と」

 

 まるで話の展開が読めない。ファンシーな絵本作家になりたい人が、どうして同級生の痴態をイラスト化しているのだろう。


 「それから絵の練習を重ねました。といっても、その絵本に出てきたような動物のイラストばかりですけどね。人間を描くのは苦手で。それから高校生になっても夢を追い続けました。そしてあるとき、出会ってしまったんです。動物ばかり描いてきた私が、初めて絵にしたいと思った人間に」


 「それがまさか、先輩ってことですか」


 「そうです、塩井さんですよ。初めての出会いは、現代アート部の設立申請に来た時のことでした。当時の私は一年生で、生徒会の中でなんの役職もない平役員でした。先輩たちに仕事を教わりながら雑用をこなしていたところに、同じ学年の塩井さんが現れたんですよ。もう衝撃でした。あれほど、えっと、なんて言葉を選べばいいんでしょう。なんというか、そそる人間はいないと思いました」


 言葉を選んだ結果、あまりよくない表現になっている気がする。


 「この人を絵に描きたい。そう強く思いました。しかし私が描けるのは動物のキャラクターばかり。だから必死に人間の描き方を勉強しましたが、なかなかうまくいかなくて」


 「昨日私に人物画のコツを聞いてきたのって、そういう事だったんですか」


 「香月さんは人を描くのが上手だと聞いていたので」


 「でも十分上手ですよ、会長。一瞬見ただけで先輩だって分かりましたもん」


 「…けど見た時、ちょっと引いたでしょう?」


 「え、ええ。まあそれは…」


 「そうでしょうね。塩井さんが縛られてる姿を描いてるんですもんね」


 「なんでよりによって、あんなシーンを描いちゃったんですか」


 「だって…」


 深川は恋する乙女のように、顔を赤くしてもじもじとしている。だが口から飛び出したのは、乙女とはほど遠い言葉だった。


 「エロいじゃないですか」


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