部長殺人事件⑨
「お騒がせしてすみませんでした。ほら先輩、行きますよ」
緊縛から解放され、自由を取り戻した塩井を連れて生徒会室を出ようとした。その直後、深川から「ちょっと香月さん」と呼び止められたので、塩井を廊下に残して室内へ戻る。
「どうしましたか」
「あなたのところの部長さんにしっかり言っておいてくださいね。アートだかなんだか知りませんけど、人様に迷惑をかけるな、と」
「はい。重々承知してます。ほんとうちの先輩がすみません」
「くれぐれも校内で死体にならないこと。これは徹底させてください」
生徒会長からの注意に、死体などという言葉が含まれる事がかつてあっただろうか。
「それじゃ、私はこれで…」
「あ、待って下さい。香月さんに聞きたいことが」
「私に?」
同じ高校の生徒ではあるが、生徒会長と香月では立場がまったく違う。一般生徒の中でも、特に何の実績も目立つ要素もない香月とは住む世界が違う。深川とは話す機会すらないと思っていたが、まさか自分に聞きたいことがあるとは。
「香月さんは絵を描かれるんですよね。なかなかに上手だと噂を聞いています。作品が表彰されたこともあるんですってね」
「あ、はい。そんな大したもんじゃないですけどね」
なんだろう。校内のイベント用ポスターでも描けと言われるのだろうか。塩井が迷惑をかけた手前、自分には非がないと分かっていても、無下に断ることもできない。
「絵はどういうジャンルを?」
「ジャンルですか…。普通にスケッチとかも描きますし、人物画も好きですね。前にクラスメイトの顔を描いたのが入賞したことがあります」
「人の顔を描くのって、なにかコツとかありますか」
「コツ、ですか?」
深川がそんな質問をしてくる意図が読めない。どうやら仕事を頼みたいわけではなさそうだが。
「そうですねえ。パーツの立体感を意識することは大事にしてます。例えば鼻ですけど、線ではなく面で捉えないと、どうしても平たい感じになっちゃいますね。目を描くときも、眼球が平面ではなくて球体であることを意識したらリアルな仕上がりなると思います」
「ふむ、なるほど」
「もしかして会長も絵を描くんですか?」
何気ない質問のつもりだったが、深川は悪さがばれそうになっている子供みたいに、不自然な挙動になった。
「いえ、違うんです。ただ気になっただけです。教えてくれてありがとうございます」
香月は廊下で待っていた塩井に、今しがた深川に妙なことを聞かれたと話した。
「ふうん、芸術に興味を持つのはいいことじゃないか。わが校の生徒会長も、ようやく分かってきたな」
それが塩井の勘違いであり、深川が目覚めたのは芸術でないということが発覚したのは、後日のことである。




