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廃部リミット②

 部室を一歩出ると、塩井はとたんに口数が少なくなる。人見知りというわけではなく、単に彼女に話しかける人が少ないからだ。高嶺の花と思われている塩井が廊下を歩くと、モーゼに割られた海のように、生徒たちが道を開けていく。その後ろ姿はなんとも画になる。変なものばかり生み出している塩井こそが、最も芸術に近いと思うのだが、本人はそれを認めようとしない。

 

 かくいう香月も、塩井の美貌に憧れて入部しただけだったので、幽霊部員の2人と何ら変わりないのだ。


 生徒会室の扉をノックしたものの、返事を待たずに開ける塩井。


 「…なんのご用でしょうか」


 生徒会長の深川実里は、作業の邪魔をされた事への嫌悪感を隠そうともしていない。抑揚のない声。見るものを竦ませる、猛禽類のような目。よくこれで生徒会長になれたものだ。塩井とは別の理由で、多くの生徒から避けられているのが、深川という人物だった。登下校中に、野良猫の一匹や二匹、殺していそうだと香月は思った。


 「単刀直入に言うぞ。我が現代アート部を存続させてくれ」


 「部員は4人以上いますか?」


 「来月2人卒業して、マイナス2。私含めて総勢2名だ」


 「では存続は不可能ですね」


 「そう結論を急ぐな。ええと…深川さんだったかな。君は見たところ、この高校の有象無象どもとは違って、アートへの理解がありそうだ。そこで折り入って頼みが…」


 「ないです。絵の良さとか分かりません」


 「いや絵だけじゃなくてだな。現代アートというのはもっと広義な」


 「申請は却下します。新年度までに最低人数を満たさなければ、廃部となります」


 噂通り。いや、噂以上のお役所仕事だ。そこに一切の情は介在しない。


 「ふむ、口で説明するよりも見てもらったほうが早いか」


 塩井は深川の座っているテーブルに近づくと、飲みかけのマグカップを取り上げた。深川らしくない、キャラクターイラストつきの安っぽいマグカップだ。


 「コーヒーが飲みたいなら、人の飲みさしを横取りするのではなく、自分で買われたらどうですか」


 「コーヒーなどどうでもいいし、私は甘党なんだ。ブラックなんて飲めるか。いいか、よく見ていろ」


 塩井は制服のポケットから、赤い絵の具のチューブを取り出した。キャップを開け、マグカップに中身を出していく。


 「先輩、なにやってるんですか!」


 「香月、君も見ているといい。現代アートが生まれる瞬間をな」


 ブラックコーヒーと混ざりあった絵の具を、塩井が壁にぶちまけた。


 生徒会室の白い壁が、たちまちグロテスクな色彩に早変わり。深川の鷹のような目にも、さすがに動揺の色が浮かんだ。


 「な?」


 「なにがですか!すいません、うちの部長が大変失礼を!」


 得意満面の塩井に代わり、香月が頭を下げた。


 赤黒いコーヒーの飛沫を浴びた深川が、手の甲で顔を拭いながら塩井を睨む。


 「これは一体、どういうつもりでしょうか」

 

 「現代アートだよ。芸術というのは時間をかけて作ればいいというものでもない。とっさの閃き、インスピレーション、それを形にするのも一種のアートと言えよう。この壁だけじゃないぞ。今この瞬間、そうやって私を刺し殺さんばかりの形相で睨んでいる深川さんも合わせて、アートが完成するんだよ」


 まず最初に謝罪の言葉が出てこないあたり、塩井は心の底からこれを芸術だと思っているのだろう。こんな女が高嶺の花?クールビューティ?まったくもって笑わせる。


 「廃部です」


 「えっ、なんで」


 「あと壁の修繕費も請求しますので」


 「やっ…待て待て。まあ落ち着け」


 「今すぐ出ていかないと学年主任を呼びますよ」

 

 「ほら先輩、行きますよ!すみません会長、きっちりお金は払わせますので」


 抵抗する塩井の腕を引っ張り、生徒会室を後にした。情に訴えて、あわよくば廃部を免れようという作戦だったが、ただ生徒会室を汚しただけで終わってしまった。


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