部長殺人事件③
「し、塩井部長、生きてる…んですか?」
「見ての通りピンピンしているが」
とんでもない量の血が左胸から流れているが、塩井は至って普通にしている。
「香月、橘、離れろ。こいつはもう人間やないかもしれん。ゾンビとか幽霊とか、そっちの類や」
岩崎が後輩2人を守ろうと、勇敢にも塩井の前に立ちはだかった。こういうところも、同性からの支持を集める所以なのだろう。
「ゾンビだと?岩崎、君は相変わらず無知だな。そもそもゾンビとはブードゥー教において、死んだ後に呪術で操られる遺体が起源となっている。彼らは人を襲う化け物ではなく、労働力として永遠に酷使されたんだ。なんと哀れな存在なことか。日本のサラリーマンだって死んだら労働から解放されるというのに。いやはや、日本のブードゥー教が伝わっていなくて良かった。世の労働者たちは、まさに命拾いした、というものだよ」
死者がここまでペラペラ喋るはずがない。雄弁に講釈を垂れる塩井は、普段と何も変わらない様子だった。背中に刺さっているナイフとあふれ出る血以外は。
「ゾンビのやつほど、自分はゾンビちゃうって言い張るねん」
「酔っ払いが酔ってないって言うみたいな感じですか」
「そや。だってこいつが死んでるの見たやろ。香月もさっき、塩井が息してへんの確認したな?」
「はい。確かに呼吸はなかったです」
「愚か者どもめ。そんなの息をしばらく止めていたに決まってるだろ」
「え」
「香月は本当に詰めが甘いな。鼻呼吸の有無を確認しただけで済ますとは。なぜ心臓が動いているかまでチェックしない」
「た、確かに」
「まあその対策として、左胸に触れられないようにナイフを差したわけだが」
そう言って塩井はナイフを引き抜いた。
「ダメですよ塩井部長!抜いたらそこからさらに血が!」
一番パニックになっているわりには、橘の助言は冷静だった。
「はあ、君たちはいつまで騙されてるんだ?私の死体アートに」
「死体、アート…?」
またこの人は何を言い出したのだろう。
塩井がナイフを床に放り投げると、カランという軽い音がした。明らかに金属のそれじゃない。
拾い上げてみると、それはプラスチック製で切れ味ゼロの偽物だった。透明の養生テープが先端にくっついている。テープで制服に貼り付けていただけだったのか。
「ナイフは偽物。そして赤いのは血のりだよ。なかなかリアルだろう?」
塩井が左胸についた血のりを指ですくい、人差し指と親指の間で伸ばしてみせた。
絶句する部員たちを前に、得意満面の塩井。
そして岩崎が爆発した。




