部長殺人事件②
スマホを持つ手から力が抜けた。リノリウムの床にスマホが落下し、画面に亀裂が走る。もとから少し割れていたが、そろそろ買い替えないと。画面にヒビが多すぎてろくに文字も読めなくなっていた。
「おい香月、聞こえてるか?とりあえず部室に急いで来てくれ!」
もうデートどころではない。ちょうど隣のクラスから雄大が出てきて、こちらへ向かってにこやかに手を振ってきた。
「彩芽、お待たせー。今日行くのって、いつもの…」
「ごめん、キャンセルで」
「えっ、また?」
「人が死んだ」
「なんの話」
「私も分からないけど、とにかく事件が起きてる。雄大も気を付けて。この学校に殺人鬼がいるかもしれないから」
ぽかん、と口を開けた雄大を廊下に残して、香月は部室へ向かって走った。
部室の扉は、いつも通り閉まっていた。ゆっくりと息を吸い、扉に手をかける。この先に広がっている凄惨な光景を想像して、吐き気がこみあげてきた。
「か、香月!やばいってこれ!」
先に部室に来ていた橘が、子犬のように四つん這いになって震えている。その傍らには、うつ伏せで倒れた塩井。ちょうど心臓のあるあたりを狙い、背中側からナイフが突き立てられていた。床に広がる血は、まだ瑞々しさを残している。つまり塩井が刺されて出血してから、まだ時間はさほど経っていないということだ。
「先輩!しっかりしてください!先輩!」
「そいつ、もう息してへんわ」
「そんな、何かの間違いですよ!」
香月は床に這いつくばり、塩井の鼻元に自分の耳を近づけた。呼吸の音はしない。耳には一切の鼻息もかからない。岩崎の言う通り、呼吸が止まっている。
「なんで…こんなことに」
「誰かしらの恨みを買ってたんやろうな。ようさん敵作るタイプの人間やったし、犯人絞り込むの大変やで」
「と、とにかく警察に通報しないと」
橘がスマホを取り出し、1を2回、最後に0を押そうとした瞬間、部室は悲鳴に包まれた。
小さい体のどこからそんな声が出ているのかと思うくらい、橘の悲鳴はうるさかった。だがそうなるのも仕方がない。だって、警察に通報しかけた橘の手からスマホを弾き飛ばしたのは、死んだはずの塩井だったのだから。
「ひぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「うるさいぞ橘。隣は文芸部なんだから、もう少し静かにしろ」
左胸を真っ赤に染めた塩井が立ち上がり、澄ました顔で髪を整えた。




