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廃部リミット⑯

 塩井が行きつけにしているカフェには、何度か連れてこられた事がある。チェーンではなく個人経営の小さな店だ。夫婦とアルバイトの男子大学生2人で回している、よく言えば風情のある、悪く言えばおんぼろな店である。その割には季節限定メニューを次々に出すなど、精力的に集客を行っているようだ。


 岩崎は目当ての白桃フラペチーノが運ばれてくると、他3人の頼んだものが到着するのを待たず、1人だけ先に飲み始めてしまった。


 「これめっちゃ美味いわ!自分、こんなええ店知ってたんか。見直したわ」


 「店選びのセンス一つとっても、私のような芸術家肌の人間は凡人とは違うのでね。岩崎はどうせ、人気チェーンしか行かないんだろう?」


 「だってチェーンにしとけば間違いないやんか」


 「探求心が足りんよ、探求心が。私は絶対に飲食チェーンは利用しないというポリシーがあるんだ」


 なんて無駄なこだわりなんだろう。香月が雄大とデートに行くときも、いつもチェーン店ばかりだ。知らない店に入らないのは、塩井がいうような探求心の欠如などではなく、単にそこの味が好きだからだ。


 しかしこの店の味も悪くない。全席喫煙可能なので、タバコの煙を嫌でも吸わされることを除けば、いい店だと言えるだろう。


 「ここは私の奢りだ。遠慮せずに飲みたまえ。さて、本題だが、橘」


 「は、はい」


 「改めて今日のアートは素晴らしかった。現代アート部の部長として恐れ入ったよ。鑑賞者を巻き込む劇場型の芸術。人間の醜さを引き出したトリックアート。あれはまさに、現代アート部にふさわしい作品だった」


 「へ、へへ。そうですか」

 

 褒められて顔を赤くしている橘だが、本人は単に札の絵を描いただけのつもりだろう。


 「出会ったあの日、私を屈辱的な目に合わせたことを不問としよう。これからも現代アート部を支えていってくれ」


 塩井が差し出した手を橘が弱弱しい力で握り返した。


 「せや、ちょっとウチさあ。ん。気になってたんやけど。うわ、これ下までたっぷり入ってるな」


 「質問するか食べるか、どっちかにしてくれ」


 「トリックアートって現代アートに入れてええのん?なんかジャンル違う気もするんやけど」


 「ほう。岩崎にしては鋭い着眼点だな」

 

 「いちいちムカつくこと言わんでええねん。はよ答えんかい」


 塩井はチェリーの乗った鮮やかなクリームソーダを啜りながら、ぴんと人差し指を立てた。講釈の始まる合図だ。真面目に聞くと疲れるので、香月はパフェをつつくのに集中することにした。


 「そもそもトリックアート自体の歴史が古いんだよ。元をたどれば古代ギリシャの画家たちが、どちらがより本物らしい絵を描けるかと競い始めたのが起源。と、こういう説がある」


 「えらい古いな」


 「ルネサンス期に入ると、本来そこに存在しない窓をアートで表現したり、建物の内部を実際より高く見せるための技法として発展しだした。つまりトリックアートの原型は、相当昔から存在したわけだよ。現代アートと一緒くたにするのは、正しいとは言えないな」


 「ほな橘のやってるの、現代アートちゃうやん。古代アートやん」


 「はあ、岩崎。君はまだ現代アートが何かを分かっていない。既存の概念を取り払い、新しい視点で生み出す芸術。それこそ現代アートの真髄だ。その点でいうと、トリックアートも現代アートの一例といえる。トリックアートが鑑賞者に問いかけるのは、目に見えているものが果たして真実なのか?というクエスチョンだ。古代のアートにはない、新たな視点だよ」


 パフェの底が見えてきた。側面に貼りついたイチゴをスプーンで剝がし、完食。食後のコーヒーを注文する香月の横で、塩井はまだ講釈を続けていた。


 「広義の意味では、橘の作品も現代アートなんだ。分かったかい、岩崎。あと香月、君はさっきからまったく聞いていないな」


 「いやいや、聞いてますって」


 「じゃあトリックアートの始まりはいつだ?」


 「昭和初期くらいですかね」


 「君だけ自腹だ」


 「そんな!」


 今更コーヒーもキャンセルできない。結局、パフェとコーヒーで1300円の会計となった。小遣い5000円の身には痛い出費である。


  


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