廃部リミット⑮
トリックアートに騙された生徒たちが、口々に文句を言いながら散っていった。当然ながら、誰一人として入部を希望する者はいない。あとに残ったのは、廊下の床に描かれたリアルな一万円札だけだった。
「しかし上手いもんやなあ。よー見ひいんかったら、偽物やって分からへんもん」
「さすが、あの先輩を罠にかけただけの実力者」
「素晴らしい作品だったぞ、橘。見たか?最後に失望して帰っていくやつらの表情。騙されたことへの不満と、自分たちの浅ましい行為への羞恥。色々ないまぜになった感情が、ありありと浮かんでいた。君の作品に必要な最後のピースこそ、あの顔だったんだよ」
塩井に揺さぶられて気絶していたひ弱な橘が、ようやく目を覚ました。そして直後に塩井から絶賛の言葉を浴びせられ、ぽかんと呆けている。
「か、香月。なんで塩井部長こんなテンション高いの?」
「橘のトリックアートが最高だったってさ」
「でも部員一人も集まってないんだよね?」
「うん。全員帰ったよ。騙されたって文句言いながら」
タイムリミットぎりぎりだった3月末と違い、別に今は部員集めを焦る必要はない。だが年度の途中から部活に入るというパターンは少ないので、新入生の仮入部期間の今が一番大きなチャンスなのだ。
「橘。君とはぜひ、アートについて語り合いたいな。どうだ、このあと一杯」
塩井がこういう誘い方をしてくる時は、決まって行きつけのカフェに連れていかれる。一杯と言ったときのジェスチャーが、完全にお猪口で日本酒を飲むときのそれであるが。
「香月、岩崎。君たちも来るだろう」
「ウチはパス。サッカー部も辞めたわけちゃうし、たまには様子見に行ったらなあかんから」
これは好都合だ。一人だけ抜けるのは難しいが、岩崎に乗じて帰れそうな気配。少し時間を食ってしまったが、雄大とのデートもこれなら行けるのでは?
「あっ、じゃあ私も」
「岩崎」
「な、なんやねん」
塩井が岩崎に顔を近づける。
「白桃フラペチーノ」
「んっ!?」
「春限定のメニューで今日から始まるんだ。好きだろう、白桃」
「なんで知ってんねん!」
「君は校内でそこそこ人気があるだろう。特に下級生の女子からキャーキャー言われてる。嫌でも君の情報が入ってくるんだよ。好きな食べ物、よく行く店、休日の過ごし方、推しのアイドル…。過去の恋愛遍歴なんかもな」
「プライバシーの侵害や!」
本人は公認していないが、岩崎のファンクラブのようなものが組織されていると聞いたことがある。男女比は、女子が8割。岩崎の中性的な雰囲気と、快活な性格に心を奪われる人が多いらしい。
「ほら、メニューの写真もあるぞ。値段は少々張るが、私が奢ってやろう。一応は廃部の危機を免れた要因の一つではあるからな」
「行く」
「岩崎先輩!?」
これで3対1。行かないと言い出せる空気ではなくなった。
「香月。デートは諦めろと言っただろう?さあ準備をしろ。たまには気分を変えて、親睦会とでもいこうじゃないか」
雄大にメッセージを送りかけた手を止めて、打ち込んでいる途中の文章を削除した。




