廃部リミット⑭
「一体全体なんだこれは!」
扉を閉める勢いの激しさから、塩井の怒りが伝わってくる。
「あ、塩井部長。昨日言われた通り、人を集めました」
「例のトリックアートか。私は却下したはずだが」
「ウチがゴーサイン出したやんか。いやでも、こんな事になるとは思わへんかったけど」
トリックアートを仕掛けた本人から説明を聞くと、塩井は心底呆れたといった顔になった。
「浅はかだ。実に浅はかだよ、橘」
「えっ、でも…」
「アートの力で人を惹きつけるというのなら、私は反対しない。だがここに群がっている生徒たちは、アートじゃなくて金欲しさじゃないか。しかも存在しない金を求めて、ゾンビみたいに蠢いている。人間の愚かしさが、ここにぎゅっと凝集されて…」
「塩井部長?」
「…いや待った。橘、君はもしかして。いや、もしかするとだ。ははは、すごいじゃないか!」
塩井は橘の肩を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶった。
「なんやあいつ。急に態度変わったぞ」
「先輩、なにがすごいんですか。私たちにも説明してください。あと橘を解放してあげてください」
部活内で最も身長差があるのが、塩井と橘だ。横に並ぶと、大人と子供にしか見えない。そんな塩井に激しく揺さぶられたものだから、橘のミニサイズの体が耐えられるわけもない。
「うっ…」
三半規管がおかしくなった橘が、後ろ向きに倒れた。あわや後頭部を床に打ち付けそうになった瞬間、塩井が膝をつき、その小さな体を抱きかかえた。まるで演劇の中の王子様とお姫様のような構図だ。香月はとっさにスマホを出して、写真を撮った。
「おや、橘が眠ってしまったぞ」
「気絶してるんですよ。ていうか先輩がさせたんですよ」
「まあそのうち起きるだろ。で、なんだっけ。そうそう、橘の何がすごいかという話だな。お金のトリックアートを描いて人を騙して集める。これ自体は褒められたことじゃないし、アーティストとしての観点からも評価に値しない」
「アーティストって。変なもん作ってるだけのくせに自己評価高いなあ」
岩崎の嫌味を無視して塩井は続ける。
「だが私は感じた。橘が表現したかったのは、人間の醜さだよ。金に群がる高校生たち。たかが一万円のために、尊厳も捨てるこの情けない様。そう、橘のアートは偽物の札じゃない。札に集まった人間の醜悪さこそ、彼女の作り出したアートなんだ。ああ、なんて素晴らしい。鑑賞者を巻き込むことで完成する、これぞ現代アート!私はなんて才能あふれる部員を持ったんだ!」
褒められている本人は気絶しているので真意は分からないが、本当に橘はそのつもりで描いたのだろうか。どうも違う気もするが。
「この醜い人間の様子をたっぷり観察するとしよう。香月、岩崎、こっちに来たまえ」
「うーわ、趣味悪っ」
「先輩、部員集めはどうしたんですか」
「どうせこんなものに集まる新入生など歓迎していない。偽物だと気づいた時の顔も見ものだな。それも含めての橘の作品だ。しっかり最後まで見届けるように」




