悪夢の生徒会④
チンアナゴの水槽から離れようとしない塩井。その後ろに小さな子供が立っていたが、塩井が邪魔で見えないらしく、首を伸ばして水槽を覗こうとしている。
「ごめんね、この邪魔な人すぐにどかすから!」
塩井の腕を引っ張り、水槽の前のスペースを子供に明け渡す。
「なんだよ、私が先に見てたんだぞ」
「十分堪能したでしょ。お子さんに譲ってください」
野球少年たちから公園を強奪した時もそうだったが、塩井は子供相手だろうが容赦がない。私欲を満たすためなら、どんな相手でも打ち負かすのが彼女の流儀だ。
「それよりイルカショーがあるんですって。見に行きません?」
「イルカねえ。イルカといえば海の豚と漢字で書くが、あれはどうしてか知っているか?」
また興味のないうんちくが始まりそうなので、無視して先に進む。
「中国の古い書物で、イルカのことを海の豚と例えていた表記があるんだよ。私はまるで豚に見えないと思うが、当時の中国人の感性は分からんな。香月はあれが豚に見えるか?」
「丸っこいフォルムとかが豚っぽいと言われればそんな気もしますけど」
「ふむ、なるほどな。こんな話をしていたら豚肉が食べたくなってきた」
「さっきまで海鮮の口だったじゃないですか」
この人、水族館に来てから食べ物の話ばっかりだ。朝食は黒焦げパンを無理やり胃に詰め込んできただけのようだから、お腹が空いているのか。
イルカショーの会場へ上がる階段に差し掛かった時、後方の自販機の影に深川の姿が見えた。しっかりとストーキングしてきているし、なんなら写真も撮っている。盗撮を許可した覚えはないのだが、あとで香月の映っている箇所はトリミングで消されるだろう。あくまで深川の目的は塩井なのだから。
会場は楕円形になっており、イルカが泳ぐプールを取り囲む形に席が並べられていた。前方4列は確実にずぶ濡れになるエリアだと注意書きがされている。真夏ならまだしも、暑さより湿気が不愉快な6月だ。頭から足先まで濡れたい気分ではない。
水が飛んでこなさそうな後方の席に座ろうとすると、塩井が無理やり腕をつかんで立たせてきた。
「どうしてそんな後ろに座るんだ」
「だって前のほうだと濡れるって書いてますし」
「いいじゃないか。私は濡れても構わんぞ」
そうだ。塩井は先月、大雨の中一張羅のドレスを着て踊っていたではないか。雨に打たれる事に謎の解放感を見出したと嬉々として語っていた。もしや塩井にとって、イルカショーで水を全身に浴びることも一種の快感になりうるのか。
「や、やだ!濡れるなら一人で濡れてください」
「なんでそんな冷たいことを言うんだ。初デートなんだから、もっとお互い歩み寄ろうじゃないか」
「そういう問題じゃなくて!」
お互い腕を引っ張り合ってぎゃあぎゃあ騒いでいると、ショー開始のアナウンスが流れ出した。
結局濡れたくない香月と濡れたい塩井は、ちょうどいい落としどころとして、真ん中くらいの席に座ることにした。
深川はと見ると、絶対に濡れない最後方の席で塩井にカメラを向けていた。




