悪夢の生徒会③
初めてのデートの場所に水族館を提案したのは香月だった。一応塩井にも行きたい場所を聞いてみたのだが、ろくな答えが返ってこなかったのだ。
塩井が行きたがったのは、日本で唯一現存する見世物小屋。といっても昔のように障害のある人を出し物にするのではなく、あくまで一種のパフォーマンスだ。ムカデを食べる女や皮膚に針を刺しまくる人が出てくるとの情報を見て、香月は全力で拒否した。
待ち合わせ場所は水族館の最寄り駅。間もなく約束の時間になるのだが、塩井はまだ現れない。遊園地の時もそうだ。塩井には5分前行動という概念など存在しない。
まあこの際塩井が遅れてくるのは構わない。それより問題は…。
香月は駅前の小さな時計台に身をひそめる深川を睨んだ。
「ほんとについてきたんだ、あの人」
絶対に邪魔はしないから、とあまりにしつこく迫られて折れてしまったのがいけなかった。深川は自身の連載する成人漫画の主人公、塩沢舞子のキャラクターを深堀するため、モデルである塩井の観察を今日一日行うつもりだ。
香月の視線に気づいた深川は、無駄にキリリとした顔で親指を立ててきた。
塩井が現れたのは約束の時間を10分過ぎてからだった。
「遅いですよ先輩」
「すまんすまん」
「なんで遅れたんですか」
「朝食にトーストを焼いたんだが、トースターのつまみを間違えて回しすぎてしまって真っ黒こげ。とても食べられたもんじゃなかったが、焦がしてしまった責任は負わないといけない。だから私は甘いミルクで必死に流し込みながら、なんとかコゲの塊を完食したんだ。そのせいで食べるのに時間がかかってしまい、遅刻したというわけさ」
「経緯を聞いてるんじゃないです。こういう時はなんて言うんですか?」
「ごめんなさい」
「よろしい」
駅から水族館はほぼ直結しているので、歩いて5分もかからない。塩井と並んで歩くと自分がみじめに見えてくる感覚にはまだ慣れないが、交際しているという対等な関係になったことで、少しは劣等感が薄れた気がする。
オンラインで購入済みのチケットを入口で提示して中に入ると、6月のムシムシする湿気から一気に解放された。
「あー、涼しい。まず何から見て回ります?」
入口でもらった館内マップとにらめっこしていた塩井が顔を上げる。
「クジラはいないのか」
「見たかったんですか、クジラ」
「先週クジラ肉を初めて食べて美味しかったから、ぜひ生きてる姿も拝んでみたくてな」
美味しかったから実物を見たい、という思考は香月にはよく分からない。黒毛和牛が美味しかったら、生きている和牛を見たいと思うのだろうか。
「マグロもいないのか。この水族館は食べられる魚の展示に力を入れていないようだな」
水族館よりも海鮮料理屋に連れてきたほうが塩井は喜んだかもしれない。
「もういい、私がコースを決めます。先輩は黙ってついてきてください」
塩井の前を歩き、人が集まっていそうな人気の展示コーナーに向かう。少し歩いたところで振り返ると、塩井は離れたところでチンアナゴの水槽に釘付けになっていた。
「見てみろ香月。こいつら可愛い顔をしてるぞ」
「きもっ」
「きもいとはなんだ。チンアナゴに失礼な」
「いや顔は可愛いんですけど、数が…」
水槽の中には大量のチンアナゴがびっしりと、砂の中から生えている。そのどれもが同じ方向を向き、ゆらゆらと揺られていた。
「この光景は新作アートのヒントになりそうだな」
「やめてくださいよ!キモイ作品これ以上増やさないで!」




