バカと部長は高いところが好き⑰
駅で解散となり、家が同じ方向の橘と岩崎、最近同棲を始めたという宇崎と前田がそれぞれペアとなって帰っていった。帰宅ラッシュも落ち着き、改札から出てくるサラリーマンの数がまばらになった駅で、香月と塩井だけが残された。
「私たちも帰りますか」
「晩御飯がまだじゃないか。せっかくだから食べて帰ろう。行きたい店があるんだ」
「先輩のことだから、またオシャレなバーとか連れていくんでしょ。前回のあれで懲りてるんですけど」
ノンアルコールで酔ってしまい、塩井の前で醜態をさらしたことは記憶に新しい。二度とあんな失敗はごめんだ。
「まあまあ、いいじゃないか。一日遊び疲れてお腹も空いてるだろ。今日は私の奢りだ」
「なら行きますけど」
他人の金で食う飯は美味い。口では少し嫌がるそぶりを見せながらも、本心では塩井がどんな店に連れて行ってくれるのか楽しみでもあった。
歩くこと約10分。人の少ない通りに佇むこじんまりとした店を想像していたが、塩井はどんどん人通りの多いほうへと進んでいった。そして到着したのは、香月が普段よく利用している大型ショッピングモールだった。
「着いたぞ」
「えっ、ここ?」
「フードコートに入ってるテナントで中華の店があるんだが、そこが私のお気に入りでね。ぜひ香月にも食べてもらいたい」
「…思ってたのと違う」
これじゃロマンティックさのかけらもない。休日の晩御飯時のフードコートは家族連れでにぎわっており、席を探すのも一苦労だ。
「なんだその顔。不満そうだな」
「いや、ちょっと想像と違ったので」
「しかし空席が見当たらないな。お、そこの親子がもうすぐどきそうだ。近くに立って圧をかけよう」
若い夫婦と小さな女の子の3人が食後の談笑にふけっているところへ、塩井が近づき仁王立ちになった。食事が済んだならとっとと席を譲れ、という無言の圧に負けて、親子はそそくさと退散していく。
「もしかして、いつもそうやって席を確保してるんですか」
「ダラダラと居座るのは店側にも迷惑だろう。回転率が悪くなって売り上げも落ちる」
「そうですけど、さっきの女の子泣きそうな顔してましたよ」
「大きくなったらフードコートに長居しない、良識のある子に育つさ。では注文に行こうか」
塩井から勧められるままに注文した豚骨ラーメンは確かに美味しかった。いかにも健康に悪そうなドロドロのスープに、豚骨特有の鼻につく匂いが食欲をそそる。
「洗っていない靴下ってこんな匂いするよな」
「最悪。なんで食べてるときにそんな事言うんですか」
「臭ければ臭いほど美味しい。匂いを抑えたなんちゃって豚骨ラーメンを出してる店も多いが、ここのは九州仕込みの本格派だよ」
ずるずるとラーメンを啜る塩井。脂が口の周りに飛び散るのにも構わずがっつく様子から、さぞかしこのラーメンが好きなことが伝わってきた。こうして無邪気な部分を見ると、年相応の女の子に思えてくる。
「どうだ香月、美味いだろう?なんならお代わりしてもいい。私の奢りだ」
「さすがに2杯目は入りませんって」
塩井は半チャーハンと餃子まで付けており、さっきまで吐きかけていたとは思えない食べっぷりだった。よくもまあ、抜群のスタイルを維持できているものだ。
塩井が食べ終わるのを待っている間に、フードコートの客は徐々に減ってきた。親に手を引かれてモールを出ていく子供たち。自分にもあんな時期があったのだと懐かしくなる。
ふと隣の席を見ると、同い年くらいのカップルがドーナツを手に着席したところだった。有名ドーナツチェーンが中華の真横に出店しているが、匂いとか移らないのだろうか。
幸せそうにドーナツを頬張る2人を横目で見ながら考える。自分と塩井も、あんなふうに学生らしいデートとかするのかな、と。
ピピピピ、とテーブルの上で音が鳴った。
「お、呼び出しだ」
「待ってください。もう食べわったでしょ」
「追加で唐揚げを注文してたんだよ。ここはラーメンだけじゃなくて揚げ物も絶品でね」
ウキウキした顔で唐揚げを取りに行く塩井。やっぱりこの人と普通のデートはできそうにない。




