バカと部長は高いところが好き⑮
力なくしな垂れかかってくる塩井を連れて、遊園地の出口へと向かう。営業終了の看板をアトラクション前に立てていたスタッフが、何事かという目で香月を見てきた。
「先輩、そろそろ自分で歩いてくださいよ。さっきから変な目で見られてますって」
「吐き気が収まらないんだから仕方ないだろう。夜風を浴びればマシになるかと思ったが、こんなジメジメした風ではむしろ気分が悪くなる」
梅雨入りを目前に控えた夜の風は湿度が高く、肌にじっとりとまとわりついてくる。ただでさえ汗が止まらないのに、そのうえ塩井が引っ付いてくるものだから暑苦しい。好きだと言った手前こんな事は言いたくないが、鬱陶しいので離れてほしかった。
やっとの思いで出口にたどり着くと、部活メンバーたちがベンチに座って待っていた。夜のパレードなどもないので、この時間になると他の客はほとんど帰っている。
「おー、やっと来たか。その病人みたいなやつはなんや?」
「先輩です」
「ウチが見てへん間になにがあってん」
「観覧車で酔っちゃったみたいで。さっきからこみあげる吐き気と戦ってます」
「うぇ…」
塩井が耳元でえづく。
「橘、先輩の介抱変わってよ」
「無理無理。私の身長じゃ潰されちゃう」
「じゃあ岩崎先輩…」
「そいつにお化け屋敷で泣かされたこと忘れてへんからな。歩けへんねやったらほって帰ろ」
岩崎はまだ昼間のことを根に持っているらしく、苦しむ塩井に背を向けて歩き出した。厄介ごとに巻き込まれたくない橘も慌てて岩崎の後を追う。
「薄情者めぇ…」
「あの、宇崎先生、前田先生。先輩をお願いすることって出来たりしますか?」
顧問の2人は互いに顔を見合わせた。
「だってよ葵」
「恵ちゃんが背負ってあげればいいじゃん」
なんだこの大人たちは。
「もういいです!私が駅まで連れていきますよ」
1日遊んで疲れた体に、自分よりも背の高い人間に寄りかかられるストレスは半端じゃない。気のせいか塩井がかけてくる体重が重くなっている気もする。
暑苦しいのと重たいのを我慢しながら駅への道のりを歩いていると、塩井が肩に顔を乗せたまま話しかけてきた。
「なあ香月」
「なんですか」
「君は今日、私にしっかりと愛を伝えたわけだが」
「このタイミングで蒸し返さないでください」
「彼氏はどうするんだ」
そうだ。香月には雄大という彼氏がいる。塩井と雄大の両方と関係を持つことは倫理的に許されないだろう。
「…雄大には今度ちゃんと話しますよ」
「よければ同席しようか」
「話がややこしくなるんでやめてください」
「娘さんを僕に下さい、みたいなシチュエーションで面白いじゃないか」
塩井の軽口が多くなってきたのは、体調が回復し始めた証拠だ。
「もう元気でしょ。自分で歩いてくださいよ」
「んー」
塩井が甘えた声を出して香月の肩に顔を埋めた。
こちらを振り向いた橘の目が、2人の間に漂う甘い空気に見開かれた。




