バカと部長は高いところが好き⑪
古い遊園地とはいえ、メンテナンスに手を抜きすぎだ。というのも、本日2度目となるアトラクションの緊急停止が発生した。しかも香月達が乗る観覧車が、頂上にいるタイミングでの停止。止まった瞬間にぐらりと揺れ、バランスを崩した塩井が座席から転がり落ちる。
「大丈夫ですか⁉」
「いったぁ…。これは損害賠償ものだぞ。地上に降りたら覚悟しておけ」
豆粒サイズに小さくなった係員を、鋭い目つきで見下ろす塩井。まさか上空から殺気を向けられているとは気づかず、係員は停止した観覧車を呆けたように見ている。まったく焦っていない様子から察するに、緊急停止は珍しくないのだろう。
「いつごろ動き始めるとかアナウンスないんですかね」
「まあ長くても5分程度だろう。ゆっくり待とうじゃないか。せっかく2人きりだしな」
どこにも逃げられない密閉空間で塩井と向かい合うのは、あまり居心地がいいものではなかった。目のやり場に困ったので、家庭の明かりが灯り始めた住宅街に視線を落とすと、塩井も同じ方向を向いた。
「こうして見ると、私たちの住む街は広いな。あそこに建っている茶色いマンションに友達が住んでてな。よく遊びに行ったものだ」
「先輩が友達と遊んでる姿って想像できないです」
「私にも友達の1人や2人くらいいるさ」
「でも普通の遊び方はしてなさそう。ゲームとか絶対やらないでしょ」
「ゲームは性に合わん。小さな画面に釘付けになっている現代人に言いたいね。顔を上げて広い世界を見ろと」
塩井が見ている世界は、広いというか香月たちとは別の世界の気がする。訳の分からないアート作品を生み出す彼女は、自分たちと同じ色、形、匂いを感じているのだろうか、とたまに考えてしまう。
「香月はゲームが好きなのか?」
「弟がやってるのを後ろで見たり、たまに一緒にやるくらいですかね」
「ならば今度お邪魔したときは、弟君に頼んで一緒にプレイさせてもらおう。何事も経験だ」
「また来るつもりなんですか…?」
「露骨に嫌そうな顔をするんじゃない。好きなんだろう?私のこと」
香月はぐっと口を噤んだ。面と向かって好き、と伝えたことはまだない。自分の心に正直になろうとしても、今の気持ちが恋愛感情なのかどうか分からないのだ。記憶にはないが、ノンアルで酔った時の自分は「好き」と口にしていたので、あれが本音なのだろうか。
「なんでそこで黙るんだよ。私が変なこと言ったみたいじゃないか」
「ずるいですよ。そういう事聞くのは」
「なら家には呼んでくれないのか?」
今日買ったばかりなのに、すでにくたびれている犬耳を撫でながら、塩井がしょんぼりと顔を伏せた。
「ああもう、そういう顔するのもずるいって言ってるんです!反則、全部反則!」
「こらこら、暴れるな。観覧車が揺れる」
「家に来たい?来たけりゃくればいいですよ。別におもてなしはしませんけどね!」
どうせ香月家の他の人間が丁重にもてなすだろう。なぜか一家全員塩井のことを気に入っているようだし。
「では来週にでもお邪魔しよう。せっかくならお泊り会でもするか」
「とまっ…」
衝撃のあまりよろけた香月が頭をぶつけ、観覧車がまたわずかに揺れた。




