バカと部長は高いところが好き⓾
「入園した時からずっとあれに乗りたいと思ってたんだ」
「あれって、観覧車ですか。もう高いところはいいですって」
フリーフォールの非常停止で懲りていないのか、また塩井は高いところに行こうとしている。
「観覧車だけはどういうわけか別料金らしいが、ここは私が奢ってやる」
一人300円のチケットを2枚購入し、ゆったりと回る観覧車を見上げる。遠くから見るよりもかなり大きく、これから頂上まで登っていくのかと考えると、香月は少し身がすくんだ。フリーフォールのように一瞬で登ってすぐに降りてくるのとは訳が違い、徐々に高度を上げていくのが怖い。
係員が観覧車の扉を開けると、塩井が先に乗り込んでいった。そして中から香月に手を差し伸べる。
「足元に気を付けてな」
「あっ、はい」
急にスマートさを発揮されると、しどろもどろになってしまう。
観覧車の椅子は固く、とても座り心地がいいとは言えない。どうせ乗っている時間は10分程度だから構わないが、固さよりも汚れが気になった。前の乗客がこぼしたアイスクリームが座席にべっとりと付着している。
「香月、見ろ。月だ」
閉園時間が迫り、辺りはすっかり暗くなっていた。沈んでいった夕日と交代で顔を出した月が、住み慣れた街を照らしている。
「綺麗ですね」
「君にはまだ月が綺麗と思える感性があるのか。私はそろそろ見飽きたぞ。17年も毎日見てるんだから」
月を見飽きる、という発想自体初めて聞いた。出会って1年以上経つが、この人の言動はまるで読めない。
「今日一日楽しかったか?」
月明かりを受けて、塩井の首輪がきらりと光っている。その妙に艶っぽい光景に気を取られ、なにを聞かれたか分からなかった。
「え?」
「だから、今日は楽しめたかと聞いている」
「そうですね、普通に楽しかったですよ。ちょっと疲れましたけど」
遊園地で朝から晩まで遊ぶ体力は、高校生にはないらしい。年を取ったものだ、と香月はしみじみ思った。
「なら良かった。校外活動なんて言ってたが、そんなの実は建前さ。最近君は元気が無かっただろう。原因はおそらく、私との例の一件にあると考えている。だから無理にでも外に連れ出して遊んでもらおうと思ってな」
「そ、そうだったんですか?じゃあ今日は全部私のために?」
「2人きりで行こうと言っても君は来なかっただろ。部員と先生を誘ったのはカモフラージュだ。いい感じに脱落してバラバラになってくれたし」
ジェットコースターが苦手な橘を無理やり乗車させたのも、ビビりの岩崎をお化け屋敷に置き去りにしたのも、すべて計算づくだったというのか。
観覧車が高度を上げ、まもなく頂上に達した。




