バカと部長は高いところが好き⑨
宇崎と前田は、そんなに可愛くないデザインのマスコットキャラクターと写真を撮るために離脱した。6人で来たはずが、気づけば香月と塩井の2人にまで減っている。
「これでは校外活動というか、単に遊びに来ただけみたいじゃないか」
犬耳と首輪を付けたままの塩井と並んで歩くと、嫌でも注目を集めてしまう。園内のエンターテイナーと勘違いして写真をお願いしてくる客もちらほらおり、塩井はそれに快く応じていた。昭和の香りが残る遊園地に、そんな攻めたコンセプトのキャラクターがいてたまるか。
「どうします先輩、もう帰りますか?」
「なにを言う。まだお昼時だぞ。今日は一日たっぷり使うと決めたんだ」
「私たち2人で夜まで?」
「不満か」
ホームレスの一件より前であれば、塩井を残してとっとと家に帰っていたに違いない。しかし今は、デートと呼べなくもない状況を楽しもうとする自分がいた。
「いえ、不満じゃないですけど」
「ならば次はあれに乗ろう。フリーフォール」
「げっ」
「高いところは苦手か?」
「高いところっていうか、垂直に落ちるのが嫌なんです」
乗車を拒否したところで、塩井に他の乗り物を提案する気はないようだった。無理やり座席に座らされ、あれよあれよという間に地上を離れていく。向こうのほうでベンチに沈んでいる橘が見えた。ただでさえ小さい体が、高所からだと豆粒のように感じる。
乗り物が頂上まで上がり、緊張感の演出のために停止するのは数秒間。そのはずだったのだが…。
「なかなか落ちませんね」
「故障かもな」
「よりにもよってここで!?」
「連日大盛況のテーマパークと違って、メンテナンスもそこまで十分にされてないのかもしれんな。さっき園内の求人情報を見たんだが、アトラクションの案内スタッフの時給は1100円だった。メンテナンススタッフの待遇もさほど良くないに違いない。人が集まらないんじゃ、不人気アトラクションの保守点検は後回しだろうさ」
緊急のアナウンスが入り、フリーフォールの安全装置が作動したと告げられた。まだ故障じゃなくて良かったが、この高さのまま待たされるのも結構困る。
「某テーマパークにはエレベーターを模したフリーフォールがあるだろう。海外では実際にエレベーターが落下して人が死ぬ事故が起きているらしいぞ」
「なんで今その話をするんですか。さっきのジェットコースターの時といい、タイミング考えてくださいよ」
「どうせ待っている間は暇だろう。スリルを倍増させてやろうとしてるんじゃないか」
余計な気遣いにもほどがある。
「エレベーター事故で助かる可能性は極めて低い。ワイヤーが切れて、そのまま地面にドーンと打ち付けられる。万が一落下の衝撃を生き延びたとしても、天井が落ちてきてお陀仏だ」
「黙ってください」
「どうだ怖いか」
ぶらぶらと宙に投げ出した足で、塩井の脛を蹴った。
「きゃん!」
「黙れって言ってるでしょ」
「動けないのをいいことに暴力を振るうだなんて酷い」
「先輩だけ事故ればいいのに」
「私と君の座席は繋がってるから、私が事故れば道連れだ」
足先の攻防を繰り広げていると、運転再開のアナウンスもなしに、急に乗り物が落下した。
「うわぁ!?」
「ひゃん!」
「…先輩もびびってるじゃないですか」
「スタッフの教育はどうなってるんだ。普通はなにか一言あるだろう」
塩井の犬耳が、重力に負けてぺちゃんと垂れ下がっている。
ふらつく足取りでフリーフォールを降りて、そのあとはコーヒーカップ、急流すべり、コンセプトの分からない室内型のライドを転々としていると、あっという間に夕方になった。
「そろそろ園内に散らばったみんなを回収して帰りますよ。晩御飯の支度もしないといけませんし」
「閉園時間は夜の7時だ。つまりあと3時間ある」
「ええ…、まだ遊び足りないんですか?」
「せっかく入場料を払ってるんだ。元を取らねば損だろう」
解放してくれる気配がないので、弟には帰りが遅くなる旨のメッセージを入れておいた。




