バカと部長は高いところが好き④
入園ゲートをくぐった直後から、最初に何のアトラクションに乗るかをめぐり、塩井と岩崎の対立が始まった。
「コーヒーカップが定番だろう」
「あんなん酔って気持ち悪くなるだけやんか。それよりジェットコースターがええ」
「まずはソフトな刺激で体を慣らすべきだ。いきなりジェットコースターはハードすぎる。君は朝一からラーメンを食べても平気なタイプだな」
「ほな多数決や。ジェットコースター行きたい人!」
手を挙げたのは宇崎と前田、そして香月の3人。岩崎含めて6人中4人が賛成したので、最初に乗るアトラクションはジェットコースターに決まった。塩井が恨めしそうな目で見てきているのが気配で分かったが、むしろ朝からコーヒーカップで振り回されるほうが嫌だったので、ここは岩崎に乗っかることにする。
「私パス。ジェットコースター無理なんです、いやマジで」
全員で乗り場へ向かおうとすると、橘が一人だけ乗車拒否し始めた。頭上を走るレールを見上げるだけで膝が震えているので、苦手というのは本当なのだろう。
塩井と岩崎が顔を見合わせた。乗り場付近に設置されている、身長を計るパネルへと橘を誘導する2人。
「な、なんですか先輩たち!」
橘をパネルの前に立たせると、彼女の小さな頭の上に塩井が手を置いた。
「身長制限はクリアしているから大丈夫だ。問題なく乗れるぞ」
「良かったな橘。一人だけお留守番せんでもええで」
「乗りたくないって言ってるんですけど!」
人を茶化す時だけは、上級生2人の相性はバッチリだ。半泣きで叫ぶ橘の右手を塩井が、左手を岩崎が掴んで乗り場へと連れていく。
抵抗空しく座席に座らされ、バーで体を固定された橘の目は死んでいる。何も考えないようにすることで、恐怖から自らを解き放っているのかもしれない。
シートは二人掛けとなっており、香月の隣には塩井が座ってきた。
「香月はこういうの平気なタイプか?」
「はい、別に絶叫系は大丈夫です」
最初の坂をコースターが昇り始めて車体が斜めに傾くと同時に、塩井が語り始める。
「海外ではジェットコースターによる死亡事故がかなり起きていてな」
「なんで今その話するんですか」
「その一例として、走行中に車輪が破損して乗客が投げ出され、頭から地面に落下したそうだ。もちろん頭はぐちゃぐちゃ。脳みそが辺りに飛び散る光景は、遊びに来ていた子供たちに深いトラウマを植え付けたという」
「降ろしてください!」
「日本のジェットコースターは世界一安全さ。一部の国ではアトラクションのスリルというより、壊れず無事に走りきるかどうかのスリルを楽しむらしいぞ」
先ほどまでの余裕が消え失せて憔悴する香月を見て、塩井は愉快そうに笑っている。さわやかな朝の陽ざしと、6月にしては心地よい風を浴びる塩井の横顔は、地上で見るよりも少しだけあどけなく思えた。しかし見とれている暇はない。コースターは猛スピードで坂を下り始め、香月は悲鳴を上げた。今聞いたばかりの事故が頭の中で映像化され、このままコースターがレールを外れて飛んでいくのでは、という最悪の想像が駆け巡る。
後ろの席には岩崎と橘が座っているはずだが、聞こえてくるのは岩崎の楽しそうな笑い声だけ。橘は気絶しているのかもしれない。
体を横に倒したような状態で旋回したりと、コースターの動きはかなり激しかった。レールを支える鉄柱は錆が大量に浮いており、それを見るたびに不安が増していく。
コースターが無事ホームに帰ってくると、香月は安堵のため息をついた。
「はあ…怖かった…」
主に塩井が余計な事を言ってきたせいだ。しばらくジェットコースターには乗らないでおこう。
「朝一のコースターには反対だったが、乗ってみると案外気持ちがいいな」
塩井は風で乱れた髪を整え、大きく伸びをしている。
「せやろ?ウチの言う通りにして良かったやんか」
「ところで橘は大丈夫だったか?」
「あかんと思うわ。死んでる」
橘の目は虚ろで、とても遊園地に遊びに来ているとは思えない、暗いオーラを放っていた。
「ごめんなあ、橘。そんなに怖がると思ってへんかってん」
「お詫びに何か買ってやろう。ほら、そこにアイスが売ってるぞ。何味がいい?」
自分だって怖い思いをしたのに、橘だけちやほやされている事に香月は少し嫉妬心を覚えた。
「あ…いやもう…ここで休んでますから、みなさんだけで行ってください…」
その言葉を最後に、橘はベンチに倒れ込んだ。現代アート部の校外活動が始まってわずか数十分、さっそく一人目の脱落者が出てしまった。




