バカと部長は高いところが好き①
部員勧誘がまったく進まないまま迎えた6月。梅雨入りが目前に迫り、日当たりの悪い現代アート部の部室は、湿気でジメジメとしている。去年から無造作に置かれている塩井のブランケットにはカビが生えており、近づくだけで悪臭が鼻腔を刺激する。
「何回も言うてるけど、はよ捨てろや!」
岩崎がブランケットを摘まみ上げ、塩井の顔に投げつけた。
「カビを取ればまだ使えるだろう。エコだよエコ。それともなにか?岩崎は地球の環境などどうでもいいと?」
「そんな話してるんとちゃうねん」
「地球の敵め。この宇宙人!」
「誰がエイリアンじゃ、ボケ!」
塩井と岩崎は飽きもせず、顔を合わせるたびに口論を繰り広げていた。相性が悪いというか、塩井が筋の通らない主張をして、それに岩崎が突っかかるというのがお決まりになっている。基本的に岩崎のほうが正論なのに、まるで相手が間違っているかのように自信満々で言うものだから、塩井が正しいのかと思わされてしまう。
「こんな汚いもん部室に置いとかれたら困るねん。なあ香月?」
わざとらしく鼻をつまみながら岩崎が聞いてくる。
「確かに臭いですよね。捨ててって私も何度か言ってるんですけど」
「嫌だね。このブランケットには愛着があるんだ」
「だったらカビ生えないように管理してくださいよ」
「うるさいな。そんなに気になるなら香月がカビ取りしておいてくれ。はいパス!」
塩井がカビだらけのブランケットを投げて寄こしてきた。湿気を吸い込んだせいで、まるで水に浸していたかのようにしっとりしている。クールビューティともてはやされる塩井の私物。しかも彼女の肌に直接触れていたブランケットとなれば、男子生徒からすれば垂涎ものだろう。香月だって、塩井の私物に触れると考えると少しドキドキしてしまうが、これは例外だ。
「自分でやってくださいよ」
「ああ、なんてことを!」
ブランケットを床に放り投げると、塩井が悲痛な声を漏らした。
「運動部なら部員のユニフォームを洗濯するのもマネージャーの仕事じゃないか」
「うちは運動部じゃないし、私はマネージャーでもありません」
「…ケチ」
以前までならなんとも思わなかったが、塩井のむくれた顔を直視できなくなっていた。段違いに顔の整った塩井が、可愛らしく頬を膨らませる破壊力に、今の香月は耐えられない。
「いいよ、分かった。こいつは秋まで仕舞っておこう。涼しい季節になれば、自然とカビも取れるだろ」
「キノコ生えるんちゃうか」
「その時は君にキノコ料理を振舞ってやる」
「毒キノコ食ったほうがマシや」
ブランケットは部室の隅にある用具入れに放り込まれた。再び日の目を見る日は来るのだろうか。
「しかしもう6月だというのに、部員が一人も増えないじゃないか。いったいどうなってる?」
「知らんがな。お前が部長なんやから、責任もって集めてこんと」
「岩崎には最初から期待してない。それより香月、私との約束を果たす気があるのか?」
部員集めに成功すれば、香月の望むままの姿の塩井を描かせてくれる。そういう約束が、2人の間で交わされていた。だがその約束は、もはや香月のモチベーションに繋がっていない。
塩井は確かに言った。彼氏の雄大より自分を選ぶなら、香月の気持ちを受け入れる、と。その言葉が頭の中で何度も鳴り響いており、もはや絵のモデルどころの話ではなくなっていた。
自分ばかりが意識しているのか、塩井は例の発言以降も普段通りに接してくる。それが余計に香月をやきもきさせた。
「香月、おい、聞いてるか?」
「へっ?」
「なんだかボーっとしているな。気分でも悪いのか」
誰のせいだと思っている。
「5月病ならぬ6月病というやつかもしれんな。ふむ、そろそろダレてくるころだし、気持ちをリフレッシュさせないと。よし決めた。現代アート部初の校外活動を行う」
また思いつきで何か言い始めた。塩井は一度決めたことは天地がひっくり返っても曲げないので、校外活動とやらは決行が確定したようなものだった。




