一枚のコインで家が建つ㊴
「なんや、2人一緒に登校かいな。なんだかんだ言うても仲ええなあ」
買出しを終えて戻った塩井からパンと飲み物を受け取り、生乾きの髪のまま学校へ向かっていると、ちょうど岩崎と出くわした。
「これには事情があってだな」
「いい!言わなくていいですから!」
「さてはお泊りでもしたんか?」
「その通り」
「えっ…、ほんまに言うてる?」
朝から快活だった岩崎の声がトーンダウンした。
「いやまあ…、別に女の子同士やしお泊りくらい普通やねんけど。そっかそっか、塩井が香月の家に…」
「ほら、変な空気になるじゃないですか!」
「なにがあったか聞かへんでおくわな」
妙な気づかいが逆に居たたまれない。何もなかったのだから、誤解を解いておかないとまずい。
「ほんと違いますからね。やむを得ない事情があって先輩が泊まっていっただけです」
「と、香月は言っているが実際は違うぞ。この女は大胆にも酒に酔って私を抱き寄せ、挙句の果てに唇まで奪ったんだ。げに恐ろしい」
「な、なんですかその話!勝手なこと言わないでくださいよ!」
まるで心当たりのない話だ。塩井を抱き寄せたことも、ましてやキスした記憶などない。
「やはり覚えてないんだな。まあそれも仕方ない。昨日はずいぶんと酔っていたようだし、酒のせいということにしておいてやる」
「酒って…、香月はそんな子ちゃうと思ってたわ。下手したら退学もんやで」
「飲んでません!ノンアルです!」
塩井のせいで誤解に誤解が重なっていく。このままでは、未成年飲酒に不同意わいせつ行為の犯人になってしまう。
「朝からなんの話で盛り上がっているのですか、あなたたちは」
校門の前には、生活指導の教師の脇に深川が控えていた。眼鏡の奥の鋭い眼光が香月たちを順番に睨んでいく。その視線が塩井のところで一瞬緩んだのを香月は見逃さなかった。朝から塩井の姿が拝めて、内心幸せな気分なのだろう。
「香月が案外大胆な女だったという話さ」
「詳しく聞かせてもらいましょうか」
「ほう、堅物の深川にも興味が?」
「勘違いしないでください。風紀を乱すような行為を指導するためです」
嘘だ。また漫画のネタにするつもりだ。
「まあ話すより見てもらったほうが早いな。昨日撮った香月の寝顔だ」
塩井は現代アート部のグループチャットに送られた寝顔の写真を、深川にも見せつけた。
「やめて!」
「香月さんの顔の横に置いてあるグラス…、これはお酒ではないのですか?」
「アルコールは入ってない。そして雰囲気に酔った香月が私に乱暴をした証拠も残ってるぞ」
「なにそれ、知らないんですけど!」
「拝見しましょう」
香月も知らない証拠映像とやらが再生され始めた。塩井の頭を押しのけて、スマホ画面を覗き込む。
「…せんぱい」
録画ボタンは塩井のポケットの中で押されたらしく、真っ暗な画面から映像は始まった。何も映っていない暗闇から、呂律が怪しい香月の声が聞こえてきた。




