一枚のコインで家が建つ㊳
香月家の朝は、家族そろって食事をとることはしない。各々のタイミングで好きにパンと卵を焼き、時間になったら家を出る。一家の中で一番起きてくるのが遅いのが香月なので、取っておいたパンが親と弟に食べつくされている事もあった。
6時にセットしたアラームに起こされた香月は、まだ半分夢の中のような状態で階段を降りていく。昨夜はあまり眠れなかった。寝つきは悪いほうではないし、一度眠れば朝まで熟睡できる体質なのだが、なぜこんなにも今日は疲れているのか。
その答えを、リビングに入った瞬間に思い出した。
「おはよう、ずいぶんとお寝坊さんだな。君はいつもこんなギリギリに起きているのか?少しは余裕を持って行動したまえよ」
いる。我が家のリビングに、朝から塩井がいる。
香月が食べようと思っていた残り一枚の食パンに、ふんだんにいちごジャムを塗りたくっている塩井を見て、昨夜の出来事が一気に蘇る。
ノンアルコールバーで酔った香月を塩井が家まで連れて帰り、香月のベッドで一緒に眠った。制服のまま着替えずに寝てしまったので、寝汗のせいで汗臭い。しかし今からシャワーを浴びている時間もなかった。あと30分で家を出ないといけない。
「制服が皺だらけだぞ、みっともない。そんなんじゃ下級生に示しがつかん」
「先輩だって昨日は制服のままで…」
「私は早起きして風呂をお借りしたし、昨日香月が寝た後に一回目が覚めたんだ。その時に制服は脱いでたから、皺にもなってない」
確かに塩井からは汗のにおいもせず、制服も乱れていなかった。
「…私、臭いですか?」
「どれ」
塩井がミルクと砂糖たっぷりのカフェオレを置き、鼻を近づけてきた。
「かぐわしいな」
「もう少しオブラートに包んでくださいよ」
「昨日は大変な一日だったから、それだけ汗もかいたんだろう。ホームレスとの戦い、生まれて初めてのカクテル、そして一晩中かいていた寝汗が染み込んで…」
塩井がこれ見よがしに鼻をすすった。
「臭いんですね、そうですよね!」
「急いでシャワーを浴びてくるといい。学校まで走れば間に合うだろ」
「走ったらまた汗かくじゃないですか。あと朝ごはんも食べてないんですけど」
「悪いが最後のパンは私が頂いた。あ、冷蔵庫にラップにくるんだおにぎりがあったぞ。学校まで走りながら食べればいい」
「あれ2か月くらい前からずっと放置されてるんです。絶対腐ってますよ」
「とにかくまずは体を綺麗にしてこい。その間にコンビニでなにか買ってきてやろう」
さすがに悪臭をまといながら学校に行くわけにはいかないので、急いで風呂場へ向かう。
シャワーが水からお湯に変わったのとほぼ同時に、コンビニへ向かう塩井が扉を開ける音が聞こえてきた。




